指標の多様性

 ●BHPの事例

 BHPはオーストラリアで最大の時価総額を誇る企業であり、2位のコモンウェルス銀行よりも評価額は約50%高い。同社の2017年の年次報告書では、BHPのパーパスは株主のみを重視していた。「天然資源の発見、獲得、開発、マーケティングを通じて、長期的な株主価値を生み出す」ことが目標であった。

 2019年以降、および最新の2021年の年次報告書によれば、同社のパーパスは「よりよい世界を築くために、人々と資源をつなげる」ことにまで拡大した。

 この文言の変化の影響は、BHPの企業戦略の策定に見て取れる。2017年の年次報告書では、株主重視に沿う形で、財務業績とリスク管理に重点が置かれていた。最新の年次報告書は、はるかに幅広く細やかな内容を伝え、「社会的価値」へのBHPの貢献を強調している。

 同社が強調するのは、従業員に占める女性の割合、温室効果ガスの排出削減、従業員に占める先住民の割合、環境・社会への取り組みへの投資額などに関する成果の実績である。同社が非常に幅広いステークホルダー集団に投資し、そのインパクトを測定しているのは明らかだ。

 ●コモンウェルス銀行の事例

 コモンウェルス銀行は、オーストラリアで時価総額2位を誇る国内最大の銀行だ。2017年、同社はパーパスを何も表明していなかった。ただし2017年の年次報告書では、「当社の戦略で何よりも優先される」のは顧客であるとしている。従業員についても、顧客に何ができるかという観点から述べられている。

 現在の同社は立場を転換し、最新の年次報告書では、企業パーパスを「当社の顧客とコミュニティの経済的健全性を高める」ことと表明している。これは著しい拡張だ。年次報告書の一部である会長の報告は、「すべてのステークホルダーに対する持続可能な成果」を強調し、「すべてのステークホルダーにとっての成果を、最適なバランスで達成することの重要性を当社は認識しています」と結んでいる。

 ●ウールワースの事例

 ウールワースはオーストラリア最大のスーパーマーケットチェーンである。一部の試算では、ウールワースはオーストラリアの最も優れたブランドにランクしている。

 2017年、同社は企業パーパスについて迷っていたと思われ、2つの声明を発表した。一つは品質の提供の重視で具体的には「当社の顧客」と「当社の従業員」のために「生活の質を高める」こととしていた。もう一つは、「資本の効果的な投入とグループ目標の確実な達成を通じての、株主還元を重視しています」とある。

 同社は現在、以前のこうした声明や株主への言及からは離れた立場にいる。最新の声明では、「よりよい明日に向け、よりよい体験をともに創造する」とある。これが企業戦略の策定に及ぼす影響は、株主、顧客、パートナー(サプライヤー)、チーム(従業員)、コミュニティから成るステークホルダー集団全体に向けて、同社が現在公表している広範な指標に現れている。

 ●KPMGの事例

 KPMGは、オーストラリアにも拠点を置く4大会計事務所の一つだ。ビジネス・ラウンドテーブルの声明以前からパーパスを追求してきた同社は、それが企業戦略の遂行にどうインパクトを与えるのかをみごとに示している。

 シスコシステムズハズブロデロイトイントレピッド・グループなどを含む多くの企業と同様、KPMGも最高経営幹部の中に「チーフ・パーパス・オフィサー」という特別な役職を設けた。この人物は「行われた意思決定について、取締役会と共同経営者らに説明を求め、自社のパーパスと価値観に彼らが沿っているよう万全を期す任務」を負う。

今後の課題

 長年にわたり企業にコンサルティングを提供してきた筆者の経験では、従業員は一時的な流行にすぎない経営慣行に対し、健全な懐疑心を持っている。企業戦略の策定においては、このことを認識しておく必要がある。

 マネジャーたちは、ミッションステートメントについて研修を受けた。会社のビジョンについて熟考し組織の価値観を見出した。そして彼らはしばしば、これらにどのような効果があるのだろう、と疑問に思ってきた。さらに今度は、企業パーパスについて検討するよう求められている。

 明確なパーパスを持つ企業は、そうでない企業よりもパフォーマンスが優れていると示すエビデンスはあるが、その実現には多くの努力を伴う。以下は、今後乗り越えるべき課題の一部である。これらは、あらゆる規模の企業のCEOと取締役会に加え、指導的な立場にある上級幹部にも向けている。

1. 自社のステークホルダーのニーズについて、従業員に学ばせる。ここにはコミュニティのニーズも含まれる。「株主価値の最大化」という古いマインドセットから抜け出せずにいる従業員は、変化を起こすのに苦労するだろう。財務部門の人々は特にそれが顕著だ。ここには組織文化の影響もある。

2. 企業戦略策定プロセスへの参加者の裾野を広げる。戦略設計における主要ステークホルダーの重要性をひとたび認識すれば、自社の戦略がなるべくチームで協創されるよう努めることは完全に理にかなう。

3. 企業パーパスは綿密な戦略を通じて実行されるよう万全を期す。多くの企業と同様にKPMGは、企業パーパスの実行に失敗すれば会社に広く悪影響を及ぼすことを認識した。この点で必要な水準に達していない企業は多い。

 パーパスドリブンな企業は現代の一翼を担い、定着していくものと筆者は考える。結果として企業戦略の策定方法は変更を迫られ、今後はさらに進化を続けるだろう。


"Your Corporate Purpose Changed. Has Your Strategy Kept Up?" HBR.org, July 05, 2022.