分散して賭ける
セリーナのように、不確実性を受け入れ、未来を可能性のある結果の分布として考えられる人も、決断はしなければならない。
セリーナの事業部は、製品を何個生産すればよいのだろうか。確率分布はつくれない。単純に考えれば、確率分布の中央値を取ればよいことだが、この単純な答えには、過大見積もりと過小見積もりのコストが釣り合っているという前提がある。
作っている製品が、コロナの重症患者向けの人工呼吸器であれば、生産台数が少ないと不必要な死を招くおそれがあるが、生産し過ぎた場合は、後で使えるように保管すればよいだけだ。したがってこの場合は、余剰が出ても多めに生産すべきだろう。
もう一例挙げよう。空港までの移動やセキュリティチェックに要する時間は、予測がつきにくいものだ。1分の差でフライトに乗り遅れることのほうが、ゲートで1分待つことよりも避けたいので、早めに出発するだろう。不確実性が高いほど、早く空港に向かうべきだ。逆に、いつも1時間以上前にゲートに着いている人は、少し慎重になりすぎているかもしれない。
どちらの選択のほうが、失敗した時のコストがより大きいかは、必ずしも明確ではない。古典的な例として、新聞売り子問題がある。売れ残った新聞が翌日には無価値になる新聞販売店にとって、過剰仕入れは純粋な無駄だ。この場合、新聞需要の不確実性を考慮すると、無駄を省きたい新聞販売店は、仕入部数を少なめにすべきだろう。一方、新聞一部の販売でも利益が出るならば、顧客の需要に応えられない仕入不足は、利益の損失になる。仕入部数を決めるには、これらのバランスを取ることが必要になる。
最も期待値の高い行動を選択するには、正確な確率分布が非常に有効だ。たとえば、正確な天気予報は、農家に限らず、天候に左右されるあらゆるビジネスにとって、大きな経済的恩恵となっている。仮に雨の予報があった前提で、野外イベントにおけるテントの必要性を検討する。イベントが中止になれば、チケット収入の1万ドルを払い戻さなければならない。テントに5000ドルかかるとすれば、降水確率が50%以上ならテントを借りたほうがよい。天気予報は、100%の正確さはないが、米国海洋大気庁(NOAA)の天気予報は的中率が高いことが実証されている。NOAAが降水確率を50%と予測した日の約半分は雨が降っているのだ。
セリーナの上司は、幹部にさらに確実な予測をさせたかったのだろう。しかし、セリーナが計算した確度によって、同社は不確実な未来に基づき、条件付きの計画を立てることができる。それらの予測に分散して「賭ける」ようにすれば、売上げが伸びた時、どこにスタッフを補充するかといったことも含めて、入念な計画が立てられる。逆に、売上げが落ち、人員削減が必要になった時も、同じ論理で、それに備えて社内の空きポジションに目を配っておくことができるはずだ。
不確実性を自信を持って伝える
筆者らの共著、Decision Leadershipでは、「知っていることを報告する時の自信」と、「予測の確かさ」とを区別するようアドバイスしている。不確実な未来を完璧に予測できる振りをしなくても、決断力を示すことはできる。
シリア・ゲアティッグとジョー・シモンズが行った調査が、その難事をやり遂げる方法を示している。ゲアティッグとシモンズは、「ゴールデン・ステート・ウォリアーズが次のNBAの試合で勝つ確率は60%だと確信を持って言える」のように、不確実性を自信を持って報告することが最も信頼できる予測であることを明らかにした。これとは対照的に、「確信は持てないが、ウォリアーズは次の試合に勝つと思う」というような自信のない無条件の予測を、被験者は最も疑わしいと感じていた。
前者の助言は、将来の出来事が実際に持つ不確実性と同時に、その不確実性を正確に特定するために、助言者が情報を収集したことを示すものであり、説得力がある。たとえ確実性に対する欲求を満たすことができず、確実な未来を予測できないという不快さが残ったとしても、それこそが本来目指すべきところだ。哲学者ヴォルテールも「先が読めないのは不快な状態だが、先が読めるのは非合理な状態である」と認めている。
多くのリーダーが、信頼を維持するには、非合理なものでも確信を装う必要があると考えている。これは真実でない。自信たっぷりの予測が外れた時には、評判を落とす。自信たっぷりの予測が外れたとわかる以前にも、本質的に不透明な事柄に確信を持っている振りをすると、リーダーは信頼を損なう。十分な情報を収集し、不確実性がどれだけ残っているかを自信を持って報告できるリーダーが賢明なリーダーである。
リーダーへの教訓
世界は不確実性に満ちている。その不確実性を無視し、完璧な予測ができるかのように装うのは、不誠実か妄想かのどちらかだ。
自分の思考や期待値の計算に不確実性を正確に取り入れたほうが、よっぽど優れた決断ができる。さらには、周囲の人が不確実性を正確に理解し、それを定量化し、期待値を正確に計算できるよう支援すれば、優れたリーダーになれる。つまり、より高い期待値のよりよい意思決定ができるようになる。
逆に言えば、完璧な予測を試みて失敗したのちに、会社が振り子のように大きく振れるのを抑えることができるということだ。起こることを予測できたはずだ、という誤った考え方をすると、そのミスを回避しようと、システムやプロセス、スタッフを変える必要にも迫られる。
需要の急増を予測すべきだったと考えると、将来その需要に対応するために増産しようとするものだ。しかし需要の急増が、二度と起こらない偶然の出来事によるものだったとしたら、過剰生産という過ちを犯すことになる。このように振り子が振れるのを誰もが見たことがあるだろう。生産数量は、過剰生産と過小生産の相対的コストを含め、基本的な需要分布に関するできるだけ正確な推測に基づいて決定されるべきなのだ。
重要なのは、この複雑な世界の不確実性について、可能な限り把握しようとすることだ。未来が予測不能であることを正直に認めよう。可能な限り正確に確率を予測し、それをもとに、期待値をできるだけ正確に計算する。それが正しいかどうかは知りようがないし、さらに情報があれば不確実性を減らせるのに、と常に思うだろう。予測の答え合わせを続けていけば、あなたも社員も時とともに計算の精度を高めていける。賭けてもいいが、その価値は十分にある。
"Leading with Confidence in Uncertain Times," HBR.org, August 31, 2022.