群衆の知恵を利用する

 専門家でも自分の見通しを過信する傾向はあり、多くの人が的確な専門家を見つけられると過信している。

 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、専門のエコノミストらに翌年の経済予測をさせている。その予測には大きなばらつきがある。専門家の予測の分布は、どのように利用すべきなのだろうか。ほとんどの人は、最も優れた専門家の助言を採り入れるだろう。古代ギリシャの哲学者、ソクラテスも基本的にそれを勧めている。

「まず第一に、我々の中に、我々が審議している事柄について知識を持つ者がいるかどうか尋ねよ。もしいれば、その人の助言を受けよ。ただし、聞くのはその一人とし、その他の助言を気にしてはならない」

 別のアプローチとして、衆知に頼るという方法がある。ジェームズ・スロウィッキーは、この考え方を世に広めた2004年の著書(『「みんなの意見」は案外正しい』『群衆の智慧』)で、平均値や中央値、または多数決を用いて賛否を判断するなど、集団の中で意見を集約する単純なルールのほうが、複雑な意思決定戦略より優れていると論じている。

 経営学のリック・ラリック教授らは、少数の専門家を選び、その意見を平均する「選択的群衆」戦略の利点を示している。WSJの調査に参加したエコノミスト全員の予測値の平均値を使うほうが、前年の予測が最も的中した一人の予測値を使うよりも優れた戦略だ。ただし、前年の上位5人が出した予測値の平均値のほうが、全エコノミストの予測値を単純に平均するよりもさらによい結論が導ける。

 人間は確実性を求める生き物であるため、完璧な予測ができる一人の専門家を追いかける。この欲求のせいで、知ったかぶりや、それよりも厄介な、自分が知っていると信じて疑わない誇大妄想に陥りやすくなる。不透明な未来を確信的に語る指導者、起業家、政治家などには注意が必要だ。それらの人の主張は、洞察力より傲慢さを露呈している。

確信度合いを測定する

 自己啓発本やビジネス書を読むと、自信を最大限に高めることは人生の課題であるような印象を受けることがある。人は、楽観的に生きるべきだ、と。「優れたリーダーの最も重要な資質の一つは楽観主義である」とウォルト・ディズニーのロバート・アイガー元CEOも、2019年の回想録『ディズニーCEOが実践する10の原則』に書いている。「人は、悲観論者を見てもやる気や元気は湧かない」。不確実性を受け入れろという筆者らの助言に従うと、優柔不断か、ともすると悲観論者に見えてしまうだろうか。優れたリーダーは、自信を持てるよう努力しなければいけないのだろうか。

 そうではない。自信に満ちた人間になろうと努力すると、悪い決断につながる危険がある。将来の収入に対する過信は、過度な支出を招く可能性がある。自分の強さを過信すると、寿命を縮めるようなリスクを冒すことになりかねない。自分の人気を過信してしまうと、人を不快にさせる無礼な振る舞いをすることがある。そして成功を過信すると、成功するために必要な努力をしなくなるのだ。

 期待値を正しく計算するには、さまざまな選択肢から得られる報酬と確率の両方を正確に見積もる必要がある。

 難しいのは、希望的観測によって望ましい結果が起こる確率を高く見積ってしまうことだ。消極的な悲観主義者が、惨事を避けるためにリスクを大きく見積りたがるという逆の可能性もある。

 どちらも期待値の計算から排除すべきバイアスだ。必要なのは正確性である。値と確率の両方を可能な限り正確に計算したら、次は、自身のリスク性向を考える。リスクを嫌う人は、高めの期待値で不確実性を埋め合わせたいだろう。反対に、リスクを好む人は、大当たりのチャンスと引き換えに、期待値が下がることを受け入れるだろう。

 意思決定アナリストでポーカーの元プロプレーヤーであるアニー・デュークは、著書『確率思考』の中で、ギャンブラーが互いの予測が信じられない時に、「賭けるか」とけしかけて、互いに自信の度合いを測っていると説明している。これは社内でも、意見が対立した時に行えば、楽しいゲームになる。言い争う代わりに、それぞれの考えに賭ける。全員の予測を書きとめ、後で決着をつけるのだ。

 これは、自信を調整するのに有効な方法だ。つまり記録し、採点する。不確実な事柄の確率を予測する習慣を身につける。そして、自分の予測がどのくらいの頻度で正しかったかを振り返る。仮にある期限を守る自信が90%だったとして、実際に何回守れただろうか。自信を正確に測定できたのなら、10回のうち9回守れたはずだ。

 社員に予測をさせ、その予測を事後に採点することが、自信を調整する訓練になる。開発プロジェクトはスケジュール通りに進むのか。プロジェクトは予算内に収まるのか。これらの確率について皆の予測を記録し、後で採点し、発表する。その結果を共有し、各自に自分の正確さを認識させる。

 報告を求める際には、確信が持てないことは、正直に申告するよう奨励する。セリーナの上司のように、確実性を求めるあまり、不正確で過信的な予測を助長しないようにしよう。