
不確実な時代に、リーダーはいかに組織をリードすべきか。不確実性を可能な限り把握しようとすることが大切であると筆者らは説く。未来が予測不能であることを正直に認め、それに対して自信を持つことだ。本稿では、不確実性を正確に把握するための5つの手法を紹介する。
不確かな世界で成功するための5つのツール
セリーナは、自分が担当している製品の来期の売上を、あらゆる数字を分析したうえで、可能な限り正確に予測した。大学院で学んだ統計学と意思決定科学の知識を駆使した。過去の推移や経済予測、市場予測を参考に、総販売数量を1000個と見積もった。そして、900個を下回る確率と、1100個を超える確率を、それぞれ15%と予測した。この予測を報告し終えた後、最初に発言したのはCEOだった。CEOは、椅子の背にもたれながら、セリーナを睨みつけ「あやふやな数字は求めていません」と言った。
ほとんどの人は、このCEOのように、絶対的な確信と完璧な予測が必要だと思い込んでいる。そのような人々に現在の経済状況は、特に深刻な不安をもたらしている。経済誌は、堅調な雇用統計や低い失業率と同時に、高いインフレ率や低い経済成長率を示している。一部の政府高官が楽観的な見通しや、気休めの言葉を語っている間も、ニュースでは、景気後退に関する憶測が飛び交っている。
このような複雑な状況は、将来に対して相当な不安を抱かせる。あなたの会社では、増員のために人を採用すべきなのか、それとも不況による売上減少に備えて、人員を削減すべきなのだろうか。
もしあなたが確実性を手に入れるための戦略を探したとしても、残念なことだが、世の中は複雑で、市場は予測困難であり、そのような戦略は手に入らないだろう。しかし、不確実な将来に対処するためのアイデアを探しているなら、朗報がある。不確実であることを前提に、それに基づいた計画を立て、意思決定を行うためのツールが存在する。
これらのツールは、世界が戦争中か平和か、経済が成長しているか縮小しているか、強気相場か弱気相場かに関係なく、どのような経済情勢においても、また日常においても役に立つ。不確かな世界で成功するためのツールを5つ紹介しよう。
期待値で考える
合理性の本質は、最も期待値が高い行動を選択することである。期待値の計算は簡単で、値に確率をかけるだけでよい。たとえば、50%の確率で20ドルの配当が得られるギャンブルの期待値は、10ドルだ。この賭けを毎日9ドルのコストで行うことができれば、長期的には得をする。2回に1回は9ドルを失うことになるが、それでも毎日賭けたほうがよいということだ。負けた日は運がなかったと悔しい思いをするかもしれないが、賭ける判断をしたことを後悔する必要はない。正しい知識に基づいて下した優れた判断だ。
ジェフ・ベゾスは、アマゾン・ドットコムの初期の資金調達で、期待値の論理を使っている。自分のオンライン小売りビジネスには大きな利益を生む可能性があると考えていたが、同時に大きなリスクも認識していた。彼は、初期の投資家たちに、70%の確率で事業が失敗し、投資が無駄になると警告した。だが、30%の成功確率に付随する潜在的報酬は、70%の失敗確率を凌駕すると主張した。
実際、1997年の株式公開時にアマゾン・ドットコムに投資した1ドルは、現在1840ドルの価値がある。IPO当時、失敗する確率が70%で、1ドルの投資で1840ドルのリターンが得られる確率が30%だったとすると、1ドルの投資の期待値は552ドル(1840ドル × 30%)という計算になる。この期待値ならば、有効な投資だろう。
期待値の論理には、将来は不透明で意思決定にもそれが反映されるべきだという考え方が根底にある。世の中の不確実性の中には、成す術のないものもある。たとえば、コイントスやルーレットを予測できると考えるのは愚かだ。同様に、私たちの社会経済システムの多くは、非常に複雑であるため、その動きを完全に予測することは不可能だ。
歴史上、賢い人々が自信を持って行なった予測が、振り返るとまったくの的外れだったという例は山ほどある。
たとえば、アップル・コンピューターの共同創業者、スティーブ・ウォズニアックは、1985年に、「家庭用コンピュータは、ビデオゲームと同じ道を辿り、一時的なブームで終わるだろう。多くのパーソナルタスク(中略)は、紙でもコンピュータと同じようにできるし、お金もかからない」と悲観的な予測をしている。
また、スタンフォード大学のポール・エーリック教授は、ベストセラーとなった1968年の著書『人口爆弾』で、世界の食糧は底を尽き、1970年代に「何億人もの人が餓死する」という暗い予測をした。
複雑な世の中では、予測に謙虚さが求められる。何が起こるかを正確に予想できる振りをするのはやめたほうがよいのだ。それでも、「何が起こるかまったくわからない」とただ肩をすくめるのは正解ではない。可能性の幅と、それぞれの確率を考える。自分が間違っている可能性を明示的に検討すると、より謙虚になれる。
筆者らの研究では、被験者に確信の度合いをさまざまな方法で答えてもらった。その一つは、筆者らが最も依頼されることの多い、未来予測で用いるのと同じ方法だ。つまり、何かをできるだけ正確に推測させ、その推測に対する確信度合いを答えさせる。たとえば、自分の住む都市のひと月後の最高気温を予想させる。複数の調査を平均すると、被験者は、約70%の自信で自分の予想が実際の気温の±5°F(約2.8°C)の範囲内に収まると主張するが、的中率は30%に留まる。
2つ目の方法は、可能性をいくつか挙げて、それぞれが起こる確率を推定する方法だ。たとえば、気温上昇の範囲を10°F(約5.6°C)幅で区切る。この推定方法では、10°Fごとに区分したそれぞれの範囲に対して、予測への自信は低くなりやすく、通常50%を少し下回る。それでさえ、的中率30%に比べれば自信過剰だが、かなり改善されている。