プライマリケア提供者は経済的リスクを引き受けることで、自分たちが提供する低報酬のサービス、すなわち慢性疾患の悪化を防ぎ、不必要な救急受診や専門医療、入院を避けることができる1次診療サービスの真価を発揮することができる。

 その結果、節約できる費用は膨大になる可能性がある。患者、保険者、プライマリケア提供者、そして政府を含む資金提供者に恩恵をもたらすことになる。

 変革は十分に可能だ。実行可能なモデルはいくつも存在する。ワン・メディカルの子会社のアイオラ・ヘルスもその一つである。ただし、このようなモデルの大半は、メディケア(高齢者向けの公的医療保険)とメディケイド(低所得者向けの公的医療保険)の患者が対象となっている。なぜならメディケアやメディケイドといった公的保険制度は、一方的に費用を負担することを避け、プライマリケア提供者と経済的な負担を分け合う「リスク分担方式」の契約を望んでいるからである。

 米国の医療システムを幅広く立て直し、ワン・メディカルの経済的成功を確実なものにするため、アマゾンは新しいモデルを携えて民間市場に進出する必要がある。

 米国の雇用主たちにより、米国民の約半分が民間保険に加入している。民間保険の加入者には、一般に公的保険支払いよりも格段に手厚く保険料が支払われる。一方で雇用主たちは、プライマリケア提供者との革新的な、リスク分担型の契約に対して極めて消極的だ。これまで慣れ親しんできた、医療の量に対して支払いが発生し、プライマリケア提供者の経済的リスクが小さい出来高払いのモデルを好む。ワン・メディカルも現在はほとんどのサービスでこの請求方法を用いている。

 なぜ雇用主たちは、革新的な支払契約に二の足を踏むのだろうか。単に、それらを理解できないという雇用主もいる。結局のところ、新しいモデルは複雑になりかねず、細かい事項を解き明かしてくれる専任の福利厚生マネジャーを抱えている雇用主はほとんどいない。したがって、慣れ親しんだ出来高払いの方式を続け、免責金額(自己負担による医療費がこの金額に達するまでは保険が適用されない、とする金額)を高く設定して自己負担額を増やしたり、控除額を増やすことで、結果的にコストを減らすほうがよいと考えている。

 だが、リスク分担型の保険契約に対する雇用主のためらいには、もう一つ大きな理由がある。経済的リスクを引き受けるプライマリケア提供者やその他の組織は、不必要な治療を避けるだけでなく、コストを減らすことで経済的なリスクを回避できる。保険会社は、このようなコスト削減を実施し価格引き下げに対応している特定の医療提供者を使うよう、患者に義務づけるのが通常だ。

 これは患者の選択肢を制限することになる。なかには、地域で名の通った病院や専門医、つまり都心部の学術センターやそこに属する教授などが選択肢から除外されている場合もある。雇用主は単に、この制約から生じる従業員の不満に対処したくないのだ。競争の激しい労働市場においてはなおさらである。

 一方、アマゾンは過去に、自社のオンラインマーケットで無限にも思える選択肢を消費者に提供することで成功した。選択肢を制限すれば、「消費者中心」とはいえない。

 新たな医療モデルに対する雇用主の関心を十分に集めることがたとえ可能だとしても、アマゾンの医療事業は、米国医療システムを蝕む別の問題に直面することになる。それは、医療提供者同士の結束だ。

 医療市場は、地域に深く根差している。遠隔医療で離れた場所から提供できるサービスもあるが、最も高額なサービスである入院治療、緊急治療、複雑な診断と治療、理学療法などは、地理的にある程度近い場所で直接提供する必要がある。

 したがって、リスクを負担する主体は、プライマリケア提供者であろうとなかろうと、その地域内の医療提供者と契約しなくてはならない。地域を独占していれば、その医療提供者はいかなる金額でも望むがままに請求できる。競争が不在の中では、コストを下げるための選択肢を用意した契約は機能しない。

 アマゾンの新規事業に突きつけられる課題はほかにもある。ワン・メディカルは、比較的裕福で人口の少ない地域に立地していることで知られ、年会費200ドルを徴収する。このため、無保険、低所得で医療費が高くつく患者の目には触れにくい。

 米国の医療システムを立て直すための新たなモデルは、すべての保険参加希望者にとって安心できるものでなくてはならない。最も重病で、最も複雑な病状で、最も高くつく人々を含めて、である。米国では患者の5%が医療費の50%を占めているのだ。

 アマゾンはさらに、ユナイテッドヘルス傘下のオプタムや、合併したCVSヘルスとエトナのような企業との競争にも直面する。これらの企業は保険と医療サービスの両方を提供する優位性を持ち、すでに医師やその他の医療提供者を大規模に雇用している。地域市場で築いた存在感、病院と専門医の価格と利用に関するデータ、リスクマネジメントの経験から、これらの企業は医療提供に慎重に足を踏み入れたばかりのアマゾンをはるかにリードしている。

 アマゾンは間違いなくこれらの問題を認識しており、すでに対策案を持っている可能性がある。しかしアマゾンの戦略は、単に計画を一歩ずつ着実に実行し、どう展開するか様子を見るというものだろう。アマゾンほどの規模の企業になると、米国の混沌とした4.1兆ドル規模の医療業界におけるビジネスチャンスを、ただ見過ごすわけにはいかないのだ。

 医療業界ではなばなしい案件が生まれるたびに、ある根本的な問いが浮かび上がる。米国の医療システムは、利益志向の起業家精神と、ボトムアップ型のイノベーションによって、フランスやスウェーデン、ノルウェー、オーストラリア、オランダ、ニュージーランド、ドイツ、スイスなどに少しでも近い形でうまく機能しうるのだろうか。

 これらの国々は華々しさには欠けるかもしれないが、低コストで国民の健康を維持している。


"Amazon's Foray into Primary Care Won't Be Easy," HBR.org, August 02, 2022.