労働市場の不安定性は
イノベーションを阻害する

 労働市場におけるボラティリティは、IT部門のマネジャーには馴染み深い問題だ。2021年以降続いている大退職時代から、ここ数ヵ月間ニュースを賑わせているIT大手の大規模なレイオフまで、IT人材は定着しにくいように見える。燃え尽き症候群や仕事への満足度の低さを理由に、離職が増え続けている。マネジャーは、必要とする技術系人材の採用に苦労しているが、ようやくチームにメンバーが揃っても、今度は報酬の相場がどんどん上昇して予算が圧迫され、レイオフにつながるという状況に直面する。このような不安定な状況下で、とてもイノベーションは期待できない。

 ガートナーのアナリストは、2025年には労働市場のボラティリティにより、40%の企業が重大な事業損失に見舞われ、「獲得」から「レジリエンス」へと人材戦略の転換を余儀なくされると予測している。つまり、人材の定着率は、バランスシート上の利益率や顧客維持率と同じくらい重要になってきている。

 労働市場のボラティリティの問題を解決している企業は、飛び抜けて優秀な人材を求め続けるのではなく、定着しそうな技術系人材を採用しようとしている。技術的な能力に固執するのではなく、基本的なスキルを備え、ビジネスオペレーションに興味のある人材を探すのだ。1年半で次の仕事に移ろうとする野心的なスター人材よりも、5年以上勤続してくれる人材のほうが、はるかに大きな価値を会社に生み出してくれる。

 また、優秀な人材は革新的な組織で働くことを望んでいるため、適切な人材を採用して維持する状態は好循環につながる。ガートナーが最近行った調査によると、50%以上の従業員が変革につながる有意義な仕事に貢献したいと回答している。

 2023年、IT部門のマネジャーは、腰を据えて長期的に価値を生み出してくれる人材を採用すべきである。ビジネスの仕組みを学び、大きな仕事がしたいと考えている人、新しいスキルを学ぶ熱意と適性が見られる人、組織とともに成長し、ビジネス環境の変化に応じて自分の役割を進化させられる弾力性と適応性を備えた人材を探すのだ。同時に、人材を維持するために、価値提案を行わなければならない。つまり、競争力のある給与の提供、有意義な仕事に貢献できること、働き方の柔軟性など、優秀な人材が重視する要素を優先させるべきである。

サステナビリティは
最優先事項の一つでなければならない

 国連事務総長のアントニオ・グテーレスは、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)で「私たちは、気候変動地獄へと向かう高速道路を、アクセルを踏んだまま走っている」と述べた。気候変動に対する政治的な解決策が見えない中、世界の気候危機対策で重要な役割を果たすのがIT業界だ。

 ITは、企業のカーボンフットプリント(二酸化炭素排出量)を大きく左右する。企業で使用されるノートパソコン、携帯電話、その他無数のデバイスに内包される二酸化炭素は、企業の温室効果ガス排出量に大きく影響を与えている。クラウドや人工知能(AI)などのテクノロジーは、膨大な量のエネルギーを消費し、その消費量は計算能力が向上すればするほど増える一方だ。実際、ガートナーは、2025年までに、持続可能なAIを実現しなければ、AIが消費するエネルギー量は人間の労働力を上回ると予測している。

 しかし逆説的ではあるが、このようなテクノロジーを活用することで、持続可能なビジネスチャンスを見出し、企業のサステナビリティへの取り組みを推進できる。経営幹部がPCやモバイル機器、その他の電子機器の削減、再利用、リサイクルに関心を示していることから、IT循環経済が拡大している。専用ハードウェアを使用した省エネ、エネルギー効率の高いコーディング、転移学習、スモールデータ技術、連合学習など、持続可能なAIの活用が始まっている。

 環境対策においてIT業界をリードするハイパースケールクラウドサービスの事業者は、顧客需要の高まり、社会的評価、投資家へのアピール、エネルギーコスト、法的規制などへの配慮から、世界レベルのエネルギー効率で、カーボンニュートラルな施設運営を行っている。

 ガートナーが最近行った調査によると、ビジネスリーダーの87%が今後2年間にサステナビリティ関連の投資を増やそうと考えているという。また、同調査から、ビジネスリーダーの86%が、サステナビリティは自社をディスラプションから守るための投資だと考えていることがわかった。さらに、83%はサステナビリティ関連の活動が自社の短期的・長期的な価値を直接的に生み出したと回答し、80%はサステナビリティが自社のコスト最適化とコスト削減に役立ったと回答している。サステナビリティ投資には、責任ある消費を支援すると同時に、ビジネスにも利益をもたらすという「一挙両得」の効果がある。テクノロジーは、このような取り組みの原動力となりうる。

 企業には、新しい持続可能なテクノロジーの枠組みが必要だ。たとえば、ITサービスのエネルギー効率と材料効率を高め、トレーサビリティやデータ分析、再生可能エネルギー、AIなどのテクノロジーによって自社の持続可能性を高め、ITソリューションを導入して顧客の持続可能性目標の達成を支援する、といった仕組みである。マネジャーは、自身のチームでテクノロジー主導のサステナビリティソリューションの開発や実施を奨励し、この取り組みを推進しなければならない。