自社の「財布内シェア」を高める

 成功する企業はたいてい、社内のチームを訓練し、活動をうまくすり合わせ、報酬により奨励し、既存顧客に自社のほかの商品やサービスを売り込んだり(=クロスセリング)、それまで購入していたより上位の商品やサービスを売り込んだり(=アップセリング)している。特に、新しい商品を市場に投入したり、標的とする顧客のセグメント分けを見直したりするのとあわせて行うのが効果的だ。

顧客生涯価値を向上させる

 顧客生涯価値(CLV、LTV)を最適化させるべく、チームの方向性を修正すると、目覚ましい成果が上がる場合がある。その効果は、インセンティブと組み合わせるといっそう大きくなる。

 筆者らのクライアント企業の例を紹介しよう。一般消費者向けのビジネスを展開している会社である。この会社は、重要顧客のセグメント分けを見直し、顧客からの売上げを最大化させることを目的に自社のプロダクトとロイヤルティプログラムを修正したところ、初年度に売上げを4億5000万ドル増やすことができた。

アプローチを実践するために必要なこと

 筆者らは、企業買収のプロセス──買収前の対象企業の分析と評価段階における、オペレーショナルデューディリジェンスとコマーシャルデューディリジェンスを緻密に実施し、合併後には組織の統合を推し進める──に関わることを通じて、一連のアプローチに磨きをかけてきた。

 実際、企業買収という極めて密度の濃い経験をしている時期には、本稿で取り上げたような内容を深く掘り下げ、変化が起きやすい傾向はあるのかもしれない。しかし、ここまで論じてきたアプローチが、それ以外の場面で有効でないと決めつけるべき理由はない。本稿のアプローチを実践するために必要とされるのは、以下の3つの要素だ。

・どの方策が最も大きな成果を生む可能性が高いかを判断するための業界経験。言い換えれば、どこに目を向ければよいかを知っていること。

・データを精査して検討する能力。たとえば、商品、地域、販売チャネル、一人ひとりの営業部員の販売量と利益など、データを検討できること。また、マーケティングとカスタマーエクスペリエンスに関しても同様の粒度で把握できる能力も必要になる。

・これらの発見を実際の行動に転換することへの決意。

 最後の点に関して極めて重要なのは、営業部門とマーケティング部門のリーダーたちが財務部門を仲間とみなせるようにすることだ。この両部門は財務部門に猜疑心を抱いている場合がある。マーケティング部門は、景気が悪化した時、財務部門が助けの手を差し伸べてくれるのではなく、コストカットの大ナタを振るいたがると予想しがちだ。また、営業部門と財務部門は、互いを疑いの目で見てきた長い歴史がある。

 筆者らは、合併後の統合を進めている段階の企業に対して、部署の垣根を越えて人を集めた「レベニュー・ウィン・ルーム」(売上げ向上室)を設置するよう助言することが多い。データの信頼性を向上させ、営業部門に対する間接部門の支援を強化することにより、両部門が抱いている不満を明らかにして、その不満を解消することが目的だ。

 ここで最も重要なのは、売上げ向上室に営業とマーケティングの両方のチームのメンバーを参加させることである。そうすれば、向上室のメンバーはより迅速に行動できるようになり、経営陣は物事の優先順位を決めて、それを推進しやすくなる。このような実践的行動には、双方の信頼関係を育む効果が期待できる。

 といっても、こうした取り組みにまったく痛みが伴わないわけではない。マーケティング部門と営業部門も、景気後退に対処するための負担を負うことになる。しかし、庭で雑草を取り除くべき場所を探すのと同じ考え方で、庭で植物を植える場所を見つけることができる。

 この種のプログラムは、足元のビジネス環境下で、ひときわ大きな恩恵をもたらす可能性を持っている。景気後退期の市場で売上げを維持し、さらには売上げを伸ばす手立てになりうるからだ。

 本稿で紹介したような取り組みは、景気がよい時よりも、市場が不安定だったり、景気が冷え込みつつあったりする時のほうが、より効果が大きい。売上げと利益の見通しが不透明な時こそ、停滞を打破しやすいことは一つの理由かもしれない。

 理由はそれだけではない。ビジネス環境が厳しい時期には、言わば塹壕に閉じこもる企業が多いことも見過ごせない。景気後退期に、企業は往々にして、マーケティングの効率を高めようとするのではなく、マーケティングの予算を削減する。そして、顧客の入れ替わりを減らそうとするのではなく、顧客サービスに費やす予算を厳しく管理する。そのようにライバルたちが後退している時こそ、自社が前進する時期としては最適なのである。

【訂正】
本文内の「顧客生涯価値」を「顧客障害価値」と表記する誤りがあったため修正をいたしました。
(2023年3月7日21:00 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部)


"How to Grow Your Top Line in a Down Market," HBR.org, January 03, 2023.