
競業避止義務は
企業と地域に悪影響を及ぼす
米連邦取引委員会(FTC)はこの(2023年)1月、企業が雇用契約に競業避止条項を盛り込むことを全米で禁止する案を発表した。これは働き手の保護を目的とした動きだが、利点はそれだけに留まらない。このルールが導入されれば、競争とイノベーションを促進する効果も大きい。しかも、長い目で見れば、会社をより強くする効果も期待できる。
端的に言うと、社員が競合他社に転職したり、競合する事業を自分で立ち上げたりすることを禁じる競業避止義務は、人材の流動性、起業家精神、平等に悪影響を及ぼす。転職や起業が制約される結果、賃金水準が下がり、起業家精神が醸成されず、不平等を是正するための取り組みが阻害されるからだ。
この10年間、実証研究、実験研究、理論研究を含む膨大な数の研究により、企業の人事方針(競業避止義務もその一つだ)が持つ影響力の大きさが明らかになっている。それらの研究が強力に実証しているのは、競業避止条項の悪影響が社員だけでなく、その会社や地域のイノベーションにも及ぶということだ。これは、さまざまな業種や地域で見られる傾向である。
競業避止義務は、市場の活力を奪い、自由な労働市場に干渉する。この種のルールは、新しい会社を起業することを難しくし、既存企業の市場独占を許しやすい状況をつくり出す。また、社員のモチベーションを低下させ、社内での知識共有の機会を減らす。モチベーションと知識共有は、イノベーションの礎を成す要素である。
競業避止義務で社員を会社に縛りつけると、社員の社外でのキャリアの可能性が狭まるだけではない。社員が自分のスキル開発と仕事のパフォーマンスに対して当事者意識を抱きにくくなり、その結果として、高いパフォーマンスを発揮したい、スキルを磨きたいという気持ちが弱まってしまう。
人材の移動が難しくなると、労働市場はいわゆる「レモン市場」になる。つまり、企業側が採用候補者の質、スキル、経験を判断することが難しくなるのだ。そのような市場においては、企業で働く社員は、情熱を持てない職に縛りつけられている人ばかりになる。企業が社員に転職の自由を認めなければ、いわゆる「静かな退職」(社員が仕事で求められる必要最低限のことしかしなくなる状態)が広がるのだ。こうして、社員は不幸せになり、企業も不満を抱くようになる。
競業避止義務の悪影響を
浮き彫りにした自然実験
カリフォルニア州とマサチューセッツ州は、競業避止義務の影響に関して、お手本のような自然実験の結果を示している。マサチューセッツ州は長年にわたり、企業が競業避止条項を設けることを許容してきた。競業避止条項の弊害を指摘する経済学的研究が蓄積されてきたことを受けて、この種の措置を制限する州法がつくられたのは、2018年になってからだった。一方、カリフォルニア州では、競業避止条項は一貫して無効とされてきた。
この2つの州はいずれも、1970年代前半の時点では、今日のシリコンバレーのようなテクノロジー産業の集積地になる可能性を持った有望な地域だった。しかし、マサチューセッツ州では、テクノロジー企業が競業避止条項を定めていたために、有能な社員たちが自分の会社を立ち上げることが難しかった。
一方、カリフォルニア州では、コンピュータ産業の発展が加速し、ベイエリアの投資家ネットワークが緊密になっていった。この点は、旧世代の企業が幅を利かせていたマサチューセッツ州のコンピュータ産業が停滞していたのとは対照的だった。