こうしたカリフォルニア州の政策上の強みは、州全体にも恩恵をもたらした。カリフォルニア州の自由な環境に魅力を感じて、世界中から優秀な人材が引き寄せられ、「頭脳流入」が起きたためだ。新興企業だけでなく、既存の企業もその恩恵を受けた。自由な労働市場の下では、業績良好な企業が新しい人材を採用しやすいからだ。また、好調な経済状況のおかげで、州政府の徴税基盤も強化された。

 もちろん、この事例だけを理由に、断定的な結論を導き出すことはできない。カリフォルニア州におけるシリコンバレーの台頭には、さまざまな要因が寄与したと考えられるからだ。それでも、前述したように、これまでに膨大な数の研究が行われており、そうした研究成果も合わせて考えると、競業避止義務はイノベーションの阻害要因になると言ってよいだろう。

 しかも、競業避止義務が存在しないカリフォルニア州で目覚ましいイノベーションが実現したのは、シリコンバレーのテクノロジー産業だけではなかった。南カリフォルニアのバイオテクノロジーや製薬産業、エンタテインメントコンテンツ産業にも同じことがいえるのだ。

知的財産権で重要なのは
バランスである

 健全なイノベーション政策を確立するうえで欠かせないのは、バランスだ。たとえば、知的財産権法は、イノベーションを成し遂げた者の権利を競争から守りたいというニーズと、過剰な知的財産権の保護により創造性を阻害してしまうリスクを避けたいというニーズの間のバランスを取っている。

 しかし、競業避止義務にはそうしたバランスが欠けている。働き手が自分の選んだ分野で職に就くことを、時には長い年数にわたって全面的に禁じるという点で、かなり粗いルールと言わざるをえない。

 働き手の転職や起業の自由を確保することと、企業のR&Dの成果を社外に流出させないことのバランスを取るためには、競業避止義務よりも優れた方法がある。競業避止義務が一貫して禁止されてきたカリフォルニア州では、企業が発明の成果を守るための方法が細かく設定されている。

 その最たるものが、企業の営業秘密を強力に保護する仕組みを設けるというものだ。米国ではどの州でも企業の営業秘密を保護しているのに加えて、2016年には「営業秘密保護法」(DSTA)という新しい連邦法が成立し、連邦政府レベルでより強力な営業秘密保護の仕組みが導入された。営業秘密の保護は、競業を全面的に禁じるのではなく、特定の情報の利用を制限するという形で、ほどよいバランスを実現している。

 競業避止義務の恩恵を享受するのは、瀕死の企業だけだ。トップレベルの人材を採用することができず、イノベーション市場で生き延びていけない企業を別にすれば、この種のルールによって得する人は誰もいない。成長している企業や歴史の浅い企業、働き手、そして経済全体は、自由で流動性のある労働市場から恩恵を受ける。働き手が自由に移動できて、企業が優秀な人材を獲得するための競争が許されているほうが好ましいのだ。

 しかし残念なことに、こうした瀕死の状態にある企業の支持者たちはいっせいに、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙などの場で、FTCの案を批判している。しかし、時代から取り残された恐竜のような存在に、経済の足を引っ張らせるべきではないというFTCの考え方は間違っていない。


"Banning Noncompetes Is Good for Innovation," HBR.org, January 06, 2023.