AIはプロセス・リエンジニアリングを牽引する

 AIがビジネスプロセスに新たなケイパビリティをもたらす中、どのタスクが必要なのか、その頻度はどの程度か、誰によって遂行されるのかを企業は再考しなくてはならない。AIによる部分的な自動化を実現したい場合は、プロセスの中でどの仕事を人間がやり、どの仕事を機械がやるのかを決める必要もある。

 これまでAIの用途の大半は、特定タスクの改善を目指すものであった。しかし、それでは大局を見失う。賢明な企業は、エンド・トゥ・エンドのプロセスを見直す根拠としてAIの導入を位置づけている。

 最も基本的なレベルでは、プロセス分析には制約と機会が混在している場合が多い。

 例として、シンガポールのDBS銀行で取引監視(マネーロンダリング防止と不正検出)を担当するマネジャーは、インタビューで次のように語った。銀行の規制当局によって義務づけられているルールベースのシステムで検出される結果は、本来不正ではないのに不正であると見なされる偽陽性率が高い。このことに彼らは不満を抱いていた。これはプロセスにおいて避けられない制約だ。

 しかし彼はAIを利用し機械学習に基づいて、システムで陽性と検出された結果に対して、本当に不正であるリスクがどの程度かを予測、スコア化する機会を見出した。不正である可能性が低い取引については、同じ顧客による再発の有無を確認するために、数カ月間注意する。いわば「冷却器」に入れておけばよい。

 異常値を検出するための機械学習ベースのAIシステムは、不正検出の分野では十分に確立されている。だが機械学習システムを、新たなワークフローのプラットフォーム、および(不正ネットワークのメンバーを特定するための)人間関係ネットワーク分析システムと組み合わせたところ、監視アナリストの生産性は3割向上した。

 もう一つの好例は、筆者らの一人(ジェボンズ)がAI施策のリーダーを務めるシェルである。シェルは長きにわたりプロセス重視の会社であり、現在はサプライチェーン、オペレーションやメンテナンスといった分野で大規模なAI施策に取り組んでいる。その一環として、業務プロセスのリエンジニアリングも進めている。

 たとえば、エネルギー工場や化学工場、パイプライン、洋上設備、風力発電所や太陽光発電所を監視、点検する業務を考えてみよう。この仕事はこれまで、検査官とメンテナンス技術者のみが直接行っていたが、AIはこの制約を緩和してくれる。

 いまでは付加価値の低い点検作業の多くは、ロボットとドローンを用いて遠隔で実行できる。シェルの施設には非常に広大なものもあり、以前はすべてを手作業で点検するため数年かかっていた。現在はドローンとロボットの導入により、それらのプロセスを自動化してサイクルタイムを短縮している。

 この改革によって、検査官とメンテナンス技術者は日々の業務の見直しを図れるようになった。プロジェクトの優先順位の決定や、現場にいる場合はより高度な検証といった、付加価値の高い活動に集中できる。

 同時に、新たな作業も生まれている。点検アルゴリズムを向上させるために画像に注釈をつける作業や、生産工程で稼働中の数千に及ぶ機械学習モデルの、訓練プロセスの管理などだ。かつて肉体労働だったプロセスは現在、主にデジタル作業に従事する部門横断的なチームによって管理されている。

 この移行に対し、抵抗もあった。当初は検査官らを説得するのが難しかったが、AIによる画像処理の精度は人間と同等で、はるかに短時間で済むという事実を見せると、彼らは徐々に納得していった。シェルはさらに、これらのエンジニアが遠隔監視センターを活用して業務プロセスを見直すことで、改革が推進されるよう後押ししている。

 シェルでは、こうしたAIによるリエンジニアリングのプロセスは恒久的なオペレーション手法になりつつある。個々のプロジェクトに要するのは1~2年程度かもしれないが、プロセスを再設計するためにデジタル、データ、AIを活用すればするほど、さらに多くの再設計の機会が見つかる。これは特に、ネットゼロエミッションのエネルギー企業への転換を目指す同社にとっては重要だ。