「だれ」が企業理念を求めているのか
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サマリー:いま、経営者たちには「あなたの会社には、どんな存在意義があるのか」という問いが突きつけられている。しかし、いったいどうすれば自社なりの「理想」を現実的な「戦略」に落とし込むことができるのだろうか。スタ... もっと見るートアップから老舗企業に至るまで、数々の企業理念デザインを手掛けてきた、佐宗邦威氏の最新刊『理念経営2.0』(ダイヤモンド社、2023年)から一部を抜粋し、編集を加えてお届けする。連載第1回は現代の経営において「企業理念」の見直しが進んでいる背景を説明し、企業が意義を生み出す場となることの重要性を述べる。 閉じる

「パーパス経営の祭り」の正体

 2019年あたりから、日本では「パーパス(Purpose)」という言葉が注目されるようになり、「パーパス経営」などをテーマにした書籍や記事が次々と登場した。コロナ禍以降、その流れはさらに加速していったように思う。なぜ、これほど多くの企業がパーパス経営に注目し始めたのだろうか?

 この「パーパス祭り」の背景には、ビジネスや経営の見直しという世界的な潮流がある。とくに、米経済団体ビジネス・ラウンドテーブル(BRT)が2019年8月に発表した「顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主といったすべてのステークホルダーの利益のために会社を導くことにコミットする」という声明は、潮目が変わる大きなきっかけとなった。

 この声明では、(1) 従業員の能力への投資、(2) 株主への長期的なリターンの還元、(3) サプライヤーとの公正かつ倫理的な取引、(4) 地域社会への還元などが盛り込まれ、それまでの株主中心主義からステークホルダーの利益を最大化するステークホルダー資本主義への移行が提唱された。これがきっかけになって、欧米の機関投資家・大企業が、ステークホルダー全体のバランスを取る方向へ一気にシフトしていったのだ。

 株主中心主義の場合は、株主に対する金銭的なリターンを最大化することこそが「いい経営」だということになる。じつにシンプルな基準だ。

 しかし今後は、顧客・従業員・株主・パートナー企業・地域コミュニティ・環境(や将来の世代)という6種類のステークホルダーを重視する必要がある。日本においては、すでに近江商人の時代から「三方良しの経営」が大事にされてきたが、言ってみれば「六方良しの経営」が求められるようになったのだ。

 複数のステークホルダー内での利害関係の調整が重要になったことで、「なにがステークホルダーにとっていいことなのか」という上位の経営目的が必要になった。多くの場合、それを「パーパス」と呼ぶ。とくに欧米の機関投資家が、企業に存在意義の定義と長期的なリスクを明示するように求めたことで、企業の経営者たちも動き出さざるを得なくなった。

「四重苦」を突きつけられた経営者たちの本音

 これが、企業の経営者がパーパス経営に注目する「表向きの説明」だろう。しかし僕は、その裏に経営者の別の本音があると思っている。

 経営者目線で見たとき、コロナ禍以降、企業経営の難易度は、一気に上がった。

 厳しい市場環境のなかで、(1)事業を継続する難しさ、(2)社会的な意義と事業と両立させる難しさ、また、リモートワーク環境のなかで、(3)社員を組織につなぎ止める難しさ、(4)変革・創造のプロジェクトを進める難しさ……あげ始めればきりがないが、こうした「四重苦」が経営者たちを襲ったのだ。

 2020年4月にコロナ禍に伴う緊急事態宣言が出て、日本企業の日常風景は変わった。リモート会議があたり前になり、ビジネスオペレーションのIT化が加速した。CO2削減のゴールが設定されたことで、環境配慮が前提になりつつある。そんななかで、コロナ禍で市況が悪くなった業界も多い。

 いままでは、儲け続けていれば企業としては生き残ることができていた。しかしいまでは、本当にその会社は“社会や環境にとっていいこと”をしているのかが問われている。企業活動が必ずしも社会や環境にいいとは言えないからだ。

 極論を言えば「いいことをしていないならば、社会には必要ない」と言われる時代になってきている。この背景には、人口減少の日本において働き手が減り、働く意義を示せない会社は存続が難しくなってきているという事情もある。

 経営者からすれば、これははっきり言って、かなりの「無理ゲー」だ。ただでさえ生き残るために必死なのに、社員とのコミュニケーションはとりづらい。がんばって利益を出しても、本質的にいい価値を生み出していないとダメだと言われる──。

 現代の経営者は、このような難題を突きつけられている。全部の課題を解消するとなると、かなり困難な道が待ち受けている。少なくとも、いままでと同じやり方をしていたら──。