パーパスとは、企業の「中年の危機」を救う道具である
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サマリー:いま、経営者たちには「あなたの会社には、どんな存在意義があるのか」という問いが突きつけられている。しかし、いったいどうすれば自社なりの「理想」を現実的な「戦略」に落とし込むことができるのだろうか。スタ... もっと見るートアップから老舗企業に至るまで、数々の企業理念デザインを手掛けてきた、佐宗邦威氏の最新刊『理念経営2.0』(ダイヤモンド社、2023年)から一部を抜粋し、編集を加えてお届けする。連載第3回は、企業が置かれているフェーズによって、どのような理念が必要とされるかが異なる点について述べる。 閉じる

「企業のライフサイクル」から見る3つの企業理念

 前回の記事では、企業においてなぜビジョン・バリュー・ミッションのような「“複数の”企業理念」が必要になるのかを見てきた。
──参考記事:「ミッション・ビジョン・バリュー」はどう違う? 3つの機能を図解する(連載第2回)

 組織が“1つの群れ”として機能するための「体内羅針盤」──その構成要素を分解したのが、ビジョン・バリュー・ミッションといった企業理念群である。

 だからといって、どの企業も必ずビジョン・バリュー・ミッションのすべてをはっきりさせるべきかというと、決してそんなことはない。なぜなら、これらはそれぞれ必要とされる局面が違うからだ。企業が置かれているフェーズに応じて、ビジョンさえあればなんとかなるステージがあったり、バリューが活用されるタイミングがあったりする。

 これを理解するためには、会社が生まれてから死ぬまでのライフサイクルを考えてみるといい。

 まずスタートアップなど、生まれたばかりの企業にはビジョンしかない。創業者が自身の妄想する「未来のワクワクする景色」を物語り、それに共感した社員やユーザーがそのビジョンに協力していく。これは言ってみれば、人が青年期に抱く「志」である。

 成長途上の企業は、みずからが唯一持っている「無限の可能性」を最大化しなければならない。だから、自身の持つ未来像をビジョンとして語ることによって、ヒト・モノ・カネ・チエなどの資源を集め、社員やパートナーを動かしていく。そのための駆動力を生み出すエンジン、それがビジョンである。「持たざる者」が資源を集めるために、ビジョンほど効率のいいものはない。なにしろ、語るだけならコストはゼロなのだから。

 事業がある程度回りだすと、組織が次第に大きくなってくる。ビジョンが壮大だと、多くのメンバーがそれぞれの共感ポイントで集まってくるため、組織マネジメントが難しくなる。多様な価値観を大事にしようと思えばなおさらだ。そこで必要になるのが、自分たちが群れとして共有する規範、つまりバリューの設定だ。

 群れのなかで優先される価値観=バリューを定めることで、自分たちの仲間とそうではない人たちの差が明確になる。「彼らは〇〇だけど、僕たちは××だ」というように、外の集団との差を明確化することで、仲間としての一体感は強くなる。

 バリューを共有する集団が協働して物事を進めて時間が経つと、独自のお作法や口グセ、儀式など、組織をよりよく回すノウハウが溜まっていく。こうしていわゆる組織文化が生まれてくる。「大人」になりかけた会社には、人がどんどん増えていき、創業時には暗黙であった組織の「あたり前」が曖昧になりやすい。そこで、バリューや組織文化を明示化して、衝突を避け、多様な人たちが協働する土台にする。

 バリューや組織文化によって組織に力がついてくると、「やりたいこと=ビジョン」と「やれること=事業遂行能力」とのギャップが埋まってきて、社会に対してさまざまな価値を生み出せるようになる。とてつもなく壮大だったビジョンのうち、自分たちだからこそ果たせる中核的な役割が明確になってくる。このようにして、自分たちの会社のミッションが定まる。

 ミッションが創業時からはっきりしている会社もあるが、それは少数派だ。むしろ、最初の段階では明確にミッションは定まらず、早ければ2~3年、長ければ10年ほどかけて事業を成長させ、そのなかでコアと言えるものが明確化してきて、「自社のユニークな使命はこれだ!」と確信できたタイミングで定まることが多い。ミッションが定まった組織では、さまざまな事業の優先順位が明確になり、「やらないこと」を無意識に決めることができるようになる。ミッションが定まった会社は壮年期に入ったと言えるだろう。