ミッション、ビジョン、バリューの何が違うのか
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サマリー:いま、経営者たちには「あなたの会社には、どんな存在意義があるのか」という問いが突きつけられている。しかし、いったいどうすれば自社なりの「理想」を現実的な「戦略」に落とし込むことができるのだろうか。スタ... もっと見るートアップから老舗企業に至るまで、数々の企業理念デザインを手掛けてきた、佐宗邦威氏の最新刊『理念経営2.0』(ダイヤモンド社、2023年)から一部を抜粋し、編集を加えてお届けする。連載第2回は、企業においてなぜビジョン・バリュー・ミッションのような企業理念が必要なのかを述べる。 閉じる

「社長の誓い」から「みんなの物語」へ──理念経営の新しい常識

 前回の記事では、現代の経営において「企業理念」の見直しが進んでいる背景を説明した。
──参考記事:「だれ」が企業理念を求めているのか?(連載第1回)

 そうはいっても、現状では企業理念というものに、どこか浮世離れした印象を抱いている人も少なくないだろう。実際、単なる「額に入れられた標語」になっている企業も多い。これを再設定しようにも、どんな手順を踏めばそこに「自社なりの思想」を込められるのかがわからない、というケースがほとんどではないだろうか。

 企業理念をつくるとき、これまでは創業者が日々の経営を通じて大事にしたい原則を言語化し、憲法のように制定していた。宗教的カリスマ経営者が人生哲学を語った本を出版したり、社訓を唱和したり、社歌を歌ったりすることで、トップダウンで制定した理念を“浸透”させていくのが、理念経営の常識だった。

 しかし現代では、創業者がつくった理念を一方的に浸透させようとしても、社員にはなかなか響かない。それは、世の中の価値観が多様化し、「トップの価値観=組織の価値観」とはなりにくくなっているからだ。これからの企業理念は、「社長の誓い」ではなく、「みんなの物語」の源泉としての性格を持つようになる。そんな理念をつくるには、組織のなかに暗黙裡に存在する思想を掘り起こし、言語化していくことが必要となる。

 つまり、理念経営の常識そのものが大きく変わりつつあるのだ。

 ここで、「社長の誓い」としての企業理念を植えつけていく経営スタイルが理念経営1.0であるとすれば、あくまでも「みんなの価値創造の物語を生むためのソース」として企業理念を位置づけていくあり方は理念経営2.0と呼ぶことができるだろう。

 こういう話をすると、日本でもヒットした『ティール組織』を連想する人もいるかもしれない。同書の著者であるフレデリック・ラルーは、社員一人ひとりが自律的に働きながら全体として進化していく、生き物のような新しい組織の形を提唱している。

 そのなかでもとくに大事な考え方が「進化する目的」という考え方だ。ここでは、組織の理念は、つねにその組織のメンバーによって探究され、アップデートされていくものだととらえられている。大義の旗を掲げたとしても、それはあくまで「現時点でのもの」であり、実際に組織を運営していく過程でどんどんアップデートしていけばいいというわけだ。

 その考え方には半分同意するが、同意できない部分もある。ティール組織では、理念は進化し続けるので、必ずしも言語化しなくてもよく、社員のなかに息づいていればいいという考え方をとる。

 しかし、言語化しないで暗黙知のままにとどめていると、文脈を共有している限られた人にしか広がっていかない。組織の規模が大きくなっていくなかで、自分たちの組織のエッセンスを言語化して共有することは不可欠なステップなのだ。

 重要なのは、社員それぞれが自分たちの理念について、つねに自問自答して語り合う場を持つことだ。「自分たちはなんのために存在するのか?」「自分たちのミッションはなんなのか?」という問いは、個人に置き換えてみると、「自分はなんのために生きているのか?」「自分が人生で達成すべき役割とはなんだろう?」という自分探しの問いだ。

 このような問いは、直接的には会社の売上・利益につながらないので、無駄な行為に思えるかもしれない。しかし、自分たちの理念について話し合う場というのは、いわば「企業の思想版R&D」のようなものだ。こうした語り合いが蓄積されていくことで、一人ひとりのなかに、そして組織のなかに思想の根が広がっていき、事業そのものが堅固になっていくのである。

ドラッカーが提唱したミッション・ビジョン・バリュー

 企業理念に「近づきがたさ」があるもう1つの要因は、その用語群のややこしさだろう。最近では、ビジョン(Vision)、ミッション(Mission)、バリュー(Value)などに加えて、パーパス(Purpose)などという言葉も注目されるようになっている。すべての企業がこれらの4つをすべて定めているわけではないし、それぞれがどういった関係にあるのかも、はっきりわかっていない。ミッション、ビジョン、バリューを並べてMVVなどと省略している例があるが、逆にビジョン、ミッション、バリューの順に並べている会社もあったりする。

 BIOTOPEが企業の理念づくりに携わるようになった当初、僕もこれらの言葉が整理されないままに使われていることが気になった。

 そこで、さまざまな実践例や論文に当たった。経営学の分野を見ると、戦略論やマーケティング、ブランディングなどに関しては体系的な知見は存在する。一方で、企業理念に関していうと、実は経営学にはまとまった知見がなかった。いわゆるカリスマ経営者の事例がほとんどで、ふつうの会社が参照できるような一般理論は皆無と言っていい状況だった。

 日本で理念に注目が集まったのは、ドラッカーの影響だろう。「『あなたの会社はなんのために存在するのか?』という問いに答えることこそが企業経営の本質だ」と語るドラッカーは次のように喝破している。

第二次世界大戦後の半世紀、企業は経済組織として、すなわち富と雇用の創出者として、見事にその地位を確立してきた。次の社会での大企業、とくに多国籍企業にとって最大の挑戦は、その社会的正当性、すなわちそのバリュー、ミッション、ビジョンだろう。
──(Drucker, P. F. (2003). A Functioning Society. Transaction Publishers. 邦訳筆者)

 ドラッカーの思想にはミッション・ビジョン・バリューを区別するような発想の原型が見られる。また彼はこれらを「社会的正当性」という言葉で置き換えている。「企業の正当性を社会との関係性のなかでとらえる」というコンセプトは、ドラッカーが提唱したものだと言えそうだ。