「群れ」を崩壊させない3要素──渡り鳥の比喩
それにしても、なぜ、企業理念がこの3つでなければいけないのだろうか? じつのところ、これには合理的な理由がある。
それを理解していただくために、まずは「渡り鳥の群れ」を想像してみてほしい。渡り鳥の群れとこれからの企業のあり方は、いくつかの点においてよく似ている。
僕らはそれぞれ、別の意思を持った個として生きながらも、1つの組織をつくっている。時には組織の向かう方角が急激に変わったりするが、それでもバラバラになることなく進み続けなければならない。このような変化に対応するためのメカニズムは、渡り鳥が群れを成して遠い目的地まで辿り着くやり方と同じだ。
群れをつくって飛ぶ渡り鳥のリーダーはその時々に応じて変わる。群れは個々の鳥の集合体でしかない。それなのに群れ全体としての意思を持っているかのように、目的地まで進むことができる。このようにバラバラな個体が群れとして活動するには、どんなメカニズムが必要だろうか。研究によると、彼らのDNAには次のような3つの原則が刻み込まれているという。
-1. 方向感覚──これからの行き先がわかっている感覚
-2. 距離感覚──周囲の鳥に対して適切な距離を取る感覚
-3. 中心感覚──自分たちの群れの中心に向かう感覚
イメージしてみてほしい。僕たちは霧のなかにいる。そこに突然、遠くにパッと、ワクワクする未来の景色が現れる。「あ、あっちの方向に行きたい!」と思うだろう。群れが飛び続けるためには、「いま見えている世界」だけではなく「将来見たい世界」がメンバーたちに見えていないといけない。
それに魅力を感じたメンバーたちが「一緒に行きたい」「仲間にしてほしい」と集まってくる。そのときに、だれでも受け入れるというわけにはいかない。自分たちの仲間になれる個体かどうかを判断する基準が必要だ。また、仲間になったメンバーと衝突を避けたりするときにも、この感覚が頼りになる。
そしていざ、仲間たちと一緒に進み始めるときには、群れが未来にわたってどんな存在であり続けるのかという意思が必要になる。未来に向かって放たれた矢印のような中心軸をイメージしてもらうといいだろう。これがないと、群れは無限に広がってしまい、やがて仲間全体で動くことができなくなってしまう。
バラバラの個体が1つの群れを成して飛び続けるためには、未来の景色という方向感覚、仲間と共有する価値観という距離感覚、未来に向けた意思の矢印という中心感覚の3つが必要になる。所属するメンバーに、この3つを「体内羅針盤」のようにうまくインストールできた組織だけが、空中分解せずに前に進み続けることができるのだ。
そして実のところ、この3つの感覚がそれぞれビジョン、バリュー、ミッションに対応する。渡り鳥のメタファーで全体像をつかんでいただいたところで、それぞれをもう少し具体的に見ていこう。
1. 方向感覚(ビジョン)──究極的にどこを目指して進んでいくのか
最初に明確にしておきたいのが、まだ到達できていない自分たちの未来の理想状態を定義する「ビジョン」だ。
ビジョンは、「私たちは将来、どんな景色をつくり出したいか?」という問いに対する答えだ。理想の自分たちの会社像(ビジネスや組織)や社会像、さらには周囲の環境に対しどんな影響を及ぼし、その結果どんな景色をつくり出したいかを描いていく。ビジョンの役割は、周りの人をワクワクさせ、創造性を刺激し、社員やパートナー企業を動かしていく推進力をつくることだ。
共感・共鳴によってワクワクを生み出すことが必要なので、その景色は感性に訴えかける「絵」や「映像」などの視覚的な表現が適している。
2. 距離感覚(バリュー)──仲間と衝突せずに協働するための基準はなにか
ビジョンをつくるプロジェクトを複数の業界で実施するとわかるのだが、理想の未来の社会像というのは意外と多様性がない。SDGsが、人類が解決するべき共通の17のゴールと169のターゲットを示していることからもわかるように、理想の未来というものは、人によってさほど変わるものではない。
だからこそ、ビジョンを言葉で表現するだけだと、独自性のないものになりがちだ。絵や映像を使って、その人たちが見ているシーンをできるだけ具体的に表現していくにしても、それにも限界がある。ビジョンが独自性を持つためには、その会社でしかできないことを明確にする必要がある。
そこで考えなければいけないのがバリューだ。個々の会社には、創業期から長い歴史をかけて培ってきた価値観、つまり「バリュー」がある。バリューを明確にすることによって、その会社でしかできないこと、自分たちがどんな人格で、どんなことができるのかがはっきりしてくる。
バリューは、「私たちがこだわりたいことはなにか?」という問いに対する答えだ。仮に合理的でなかったとしても、自分たちがこだわりたい美意識が組織にはあるはずだ。だからバリューには、組織の個性が表れる。
そしてその組織のこだわりが日常の活動になり、組織がうまく協働するコツをつくっていく。それが蓄積されていくと組織文化になる。ユニークなバリューやその結果としての組織文化がある会社ほど、ビジョンもユニークになり、組織への求心力が高まっていく。
3. 中心感覚(ミッション)──自分たちの中心的な活動はなにか
組織に人が増えてくると、できることも増えてくる。複数の事業ができてくると、次第に組織としての優先事項がボケてくる。
多様性を持った組織で「なにを優先するのか」という意思を中心軸として設定し、さまざまな取り組みの「矢印」をまとめていくことが必要になる。これを統合する「未来に向けた意思の中心軸」がミッションだ。
ミッションは、「私たちはなんのために存在しているか?」という問いの答えだ。
この中心軸は、過去から現在まで積み重ねてきた自分たちなりのこだわり(バリュー)と、未来の社会像(ビジョン)とをつなぐ1本のベクトルである。
組織が“1つの群れ”として機能するための「体内羅針盤」──その構成要素を分解したのが、ビジョン・バリュー・ミッションといった企業理念群なのである。
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