
企業理念をとりまく「6つの課題」
前回までの記事で、ビジョン、バリュー、ミッション、そしてパーパスが、それぞれどういう機能を持った企業理念なのかを解説してきた。これらは企業が1つの「群れ」を形成し続けるためのツールであり、企業が置かれているフェーズによって、どのような理念が必要とされるかは違ってくる。
──参考記事:パーパスとは「[企業版]中年の危機」を抜け出すための道具である(連載第3回)
しかしいずれにせよ、現代の組織における深刻な問題の多くは、企業理念に関わるなんらかの不具合に由来している。実際、さまざまな企業の理念デザインを支援してきた経験からすると、企業理念に関わる課題は次の2つに大別される。
1. 企業理念が存在しない
2. 企業理念が生きていない
前者に含まれるのは、そもそも理念が定められていないケースだけではない。創業時になんらかの理念がつくられていても、過去に埋もれて忘却されていたり、時代変化に伴って古くなっていたりする場合もある。こういう企業には、まず企業理念の「つくり方」から伝えていく必要がある。
他方で後者は、立派な理念をつくってはみたものの、それらを組織文化や行動原理、戦略などに落とし込めていないパターンである。言い換えれば、企業理念が「絵に描いた餅」になっているケースだ。こうしたときには、企業理念の「使い方」が求められる。つまり、企業が描いている「理想」を現実の「事業」につなぐための仕組みのデザインである。
そして、これらの二大課題は、個々の経営者においては、より具体的な悩みのかたちをとることになる。僕のところに相談があった例を見ていくと、それらは次の6つのパターンに分けることができる。前半の3つが「つくり方」、後半の3つが「使い方」におけるつまずきなのだと解釈できる。
悩み(1) 組織の推進力がない
外部の環境変化には適応できておらず、事業が惰性で回っている。社内には新しい取り組みに着手する活気がなく、若手社員も目が死んでいる。市場がジリ貧で、将来的に持続可能な事業の柱があるかどうかも疑わしい。新規事業をつくりたいとは思うのだが、どんなものをやればいいかわからず、出てきたアイデアのデメリットばかり見えてしまう。
【こんなときには?】
ビジョンをつくったり見直したりすることで、組織のなかに推進力を生み出していく施策が有効になる。
悩み(2) 組織の一体感がない
組織が部署の枠を越えて協働する機運が少ないうえに、社員個人の組織に対する愛着が薄い。リモートワークになって、離職していく社員が増えている。
【こんなときには?】
バリューに手を入れるべきだ。組織が大事にしている価値観を明確にし、あえて尖ったバリューを定めることで、一体感を生むことができる。
悩み(3) 組織のなかで合意形成が難しい
いままでは「売上・利益の大きい仕事=よい仕事」という明確な基準があった。しかし、新規事業やSDGsへの取り組みなどのような売上・利益が予測しにくい案件が増えていくなかで、会社としてどのプロジェクトを優先させるべきか、合意を形成するのが難しくなっており、なかなか意思決定を下せない。
【こんなときには?】
ミッションの策定・改定を行うといい。また、多角化した事業を複数持っているときには、それを束ねるパーパスを新たにつくってみるのもいいだろう。結果を読みづらいプロジェクトに対する判断軸が明確になる。
悩み(4) 現場の社員が企業理念を自分ごととしてとらえていない
策定した企業理念を社員に発表し、ウェブサイトに載せたりしたものの、策定プロジェクトに関わっていない大多数の社員は、理念と自分と結びつけられていない。せっかく自社なりの思想をつくったつもりなのに、自分ごととして感じている社員が少ないようだ。
【こんなときには?】
理念についてのナラティブ(語り)を生む場をつくる施策が有効だ。本来的には、理念策定の段階から社員みんなが関わるべきだが、策定後に入社してきた社員へのアプローチを考えると、ナラティブを通じた自分ごと化の仕組みをつくるのが望ましい。
悩み(5) 会社が持っていた強みが薄れてきている
急成長するなかで一気に採用する社員を増やしたり、M&Aなどで組織の規模が大きくなってきたりした結果、組織の過去について知っている社員の割合が減り、自社固有の強みが見えなくなっている。また、組織に対する愛着も十分に醸成されていない。
【こんなときには?】
組織のヒストリー(歴史)を紐解き、それを共有することで、組織への愛着を生み出すといい。失われかけていた強みが再発掘される機会にもなる。
悩み(6) 企業理念が社員の現場の行動に落ちていない
企業理念を策定したものの、社員たちの行動がそれを体現するまでには至っていない。理念が建前になってしまっており、個々の行動を起こす際の原理として機能していない。
【こんなときには?】
理念と行動をつなぐカルチャー(組織文化)を見直す必要がある。組織文化を可視化し、理念を体現する行動を生む仕組みをつくったり、そうした価値創造モデルを可視化して共有することが効果的だ。
* * *
危機はいつも、産業や企業の新陳代謝の契機になる。たとえば、日本の経営思想の元祖とも言える松下幸之助氏の「水道哲学」は、昭和恐慌下に生まれた。
事業の存在意義を考え、本質に立ち返ることができれば、危機は企業にとって新たな進化へのチャンスとなる。他方で、「意義」を生み出すことに失敗した組織からは、ヒト・モノ・カネが離れていき、やがてその組織は淘汰される。
いまは、まさにそうした危機の時代なのではないだろうか?
その危機を打開するための資源が企業理念だ。
会社の存在意義を「つい語りたくなる」問いかけ
本書『理念経営2.0』の章構成は、いまあげた6つの悩みに対応している。さらにこれらを1つの体系のもとに統合し、「1. 人材」「2. イノベーション」「3. ブランディング」「4. 資金調達」のサイクルへとつなげていく「エコシステム(生態系)」の考え方が、第7章として続く。
本書を読むうえでは、もう1つだけ大切にしてほしいポイントがある。
それは問いだ。各章の冒頭には、あなたの会社の企業理念をつくり、それを生きたものにするための問いを用意しておいた。
理念経営2.0の本質は「みんなで対話してつくること」だ。経営者や一部のメンバーだけでつくったステートメントを一方的に社員に押しつけ、何度も復唱させたりして教え込んでいくようなものではない。もちろん一定のステートメントはあっていいが、それをもとに各人が自分なりの意義を語りだすような仕掛けがなくてはならない。
そうした仕掛けの最たるものが「問い」だ。これからの時代の理念経営を実践するうえで、本当に大切なのは、いかにして「憲法」と言えるような理念をつくるかではない。むしろ、魅力的な問いかけを次々とメンバーたちに投げかけて、どんどん理念が更新されていくようなサイクルをつくることが求められている。理念経営2.0における経営者の役割は、理念そのものをつくるイニシアティブをとり、理念を生み、育てるような問いとそれについて語り合う場をつくることなのだ。
各章冒頭に掲げたのは、あくまでも僕なりに考えてきた問いだ。さまざまな会社の企業理念づくりを支援するなかで得た知見、そのために収集した歴史学・宗教学・心理学・文化人類学などの人文知、さらには一人の経営者として自分の会社経営で悩んだり考えたりしてきたことなどを、次のとおり、できるかぎりコンパクトなかたちに結晶化させたつもりだ。
-第1章 ビジョン──私たちは将来、どんな景色をつくり出したいか?
-第2章 バリュー──私たちがこだわりたいことはなにか?
-第3章 ミッション/パーパス──私たちはなんのために存在しているのか?
-第4章 ナラティブ──私たちの会社はどこから来て、どこに向かうのか? 私たちは、なぜここにいるのか?
-第5章 ヒストリー──私たちのいまをつくった原点は、どこにあったのか?
-第6章 カルチャー──私たちの会社の「らしさ」とはなんだろうか?
-第7章 エコシステム──私たちの理念を育てるためには、どんな仕組みが必要か?
本書を読むときには、これらの問いに対する答えを自分なりに考えてほしい。そして、本を読み終えた人はぜひ、会社の同僚と一緒にこの問いについて語り合ってみてほしい。
いや、極端なことを言えば、この本を全部読まなくてもいいかもしれない。これらの問いに触発された「みんなの物語」が組織内に生まれた時点で、本書が目指している核心部分は実現できたことになるのだから。
日々、目の前の仕事に真剣に向き合っている人ほど、最初はうまく言葉が出てこなくて苦労するかもしれない。でも心配しなくていい。当然ながら、これは「正解」があるような問いではないし、仲間たちとの対話のなかで答えを少しずつ磨き上げていけばいいのだ。
『理念経営2.0── 会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』
[著者]佐宗邦威
[内容紹介]あなたの会社に「意味」はあるか──。「どれだけ儲かるか?」だけでなく「それは“よい儲け”なのか?」が問われるいま、経営者たちは「組織の思想デザイン」という課題に直面している。ベストセラー『直感と論理をつなぐ思考法』著者が語る、ミッション・ビジョン・バリュー・パーパスのつくり方・活かし方!
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