素晴らしい顧客体験は
新しいテクノロジーだけでは実現できない

 企業が顧客体験のレベルアップを図る一般的な手法は、アルゴリズムや人工知能(AI)を活用した新しいテクノロジーに投資することだ。これらの新しくて魅力的なテクノロジーは、よりパーソナライズされた顧客体験を生み出すなど、役に立つかもしれない。しかし、エンドユーザーがその導入に深く関わっていなければ、利益に結びつくことはないだろう。

 AIを活用したテクノロジーをどのように導入したか、数十社を対象に調査したところ、多くの企業がその開発と導入に横断的なチームを十分参加させていないことが明らかになった。カスタマーサービスチームは、新しい技術がどのように選択され、設計された目的(たとえば顧客ニーズの予測精度を上げるなど)を理解しないまま、使用するよう求められる。こうした場合、彼らはそのテクノロジーを自分たちの専門性や自律性を脅かすものとしてとらえ、使うことに抵抗を感じるか、あるいは単に使う振りをするかもしれない。

 ITとデータサイエンスのチームは、新しいテクノロジーを導入する際にサイロ化した状態で活動することはできない。導入プロセスにおいて、他の職務のグループを「ループの中の人間」として巻き込む必要がある。筆者の一人(ハインズ)が博士課程の研究の一環で調査したある大手百貨店チェーンでは、AIを活用した新しい顧客体験のテクノロジーを導入する際、最前線のカスタマーサービスの従業員に、エンジニアリングチームとの週2回のスタンドアップミーティングに参加してもらっていた。

 同社の幹部によると、新しい部門横断的な協力関係が形成され、カスタマーサービスの従業員は顧客体験を向上させるための新しいテクノロジーに抵抗するのではなく、受け入れるようになり、「壁が取り除かれた」という。

 顧客体験の向上を目的とした新しいテクノロジーを導入する前に、そのテクノロジーを使用する最前線の顧客体験の担当者と、導入の正式な責任者であるデータサイエンスやITチームの間で、どの程度コラボレーションが行われているかを評価しなければならない。導入の前にも後にも、スタンドアップミーティング、チェックイン、その他のフィードバックループに新しい部門横断的な活動を取り入れることで、成功につなげることができる。

全従業員が一丸となって顧客体験の一翼を担う

 従業員一人ひとりが、顧客体験を高めるために重要な役割を担っている。ドアダッシュでは、CEOでさえも毎月のダッシュに参加することが求められている。筆者らが調査したある企業のCEOは、顧客の立場に立ち、どうすればよりよい顧客体験を生み出せるかを理解するため、カスタマーサポートの録音を聞くようになった。

 しかし、素晴らしい顧客体験には全社的な取り組みだけでなく、部門横断的にコラボレーションし、サイロを減らすことが欠かせない。そのためには、顧客体験を向上させるための機会を提供し、部門横断的に解決策を提案・設計できるよう、社内のすべての部門の従業員が参加できる場所(スラックのチャンネルなど)を設けることから始めるとよい。

 デジタル化された世界で顧客体験を向上させる場合、新しいテクノロジーに投資をしたいという衝動に近いものに駆られることがある。しかし、より多くの魅力的なテクノロジーが成功のカギではない。よりよい顧客体験を部門横断的に追求することが重要なのだ。リーダーは、顧客に提供する前に、社内で素晴らしい顧客体験の土台を築かなければならない。そのためには、部門横断的に取り組み、協力しながら実行することが欠かせない。


"Customer Experience Is Everyone's Responsibility," HBR.org, April 06, 2023.