従業員体験と顧客体験の相似を明らかにする
では、好ましい顧客体験に結びつく従業員体験を実現するために、リーダーはどのように顧客体験を設計すればよいのか。
まず、最も不足している点が何かを明らかにする必要がある。社内における従業員との関係で、あらゆることを紙ベースで行っていて、物事を進行するスピードが遅く、官僚体質が根を張っているようでは、テクノロジーを活用してシームレスで直感的な顧客体験を提供することなど、とうてい不可能だ。
また、企業が自社内で共感と思いやりと人間らしさを重んじる組織文化を育んでいなければ、従業員が顧客に対して、共感と思いやりと人間らしさを伴ったサービスを提供できる可能性は小さい。
しかし、従業員体験が好ましい顧客体験につながることを従業員が理解していれば、従業員は自分たちの行動と決定を通じて、直感的に顧客体験の向上に貢献し始める。サウスウエスト航空はその典型だ。同社では、従業員が楽しさと自由を満喫していて、それにより力を得て、利用客のために楽しい顧客体験を生み出している。
次に、従業員体験を向上させることによって顧客体験を改善するためには、従業員と顧客を直接結びつける必要がある。「顧客サービス」担当ではない従業員もその対象外とすべきでない。たとえばアドビは、顧客の声を聞き取るための場を設け、従業員がオンライン上や自社のオフィスで顧客の話を直接聞き、どの点がうまくいき、どの点で顧客が困っているかを学べるようにしている。
従業員と顧客の間の距離が縮まると、従業員は顧客への理解と共感を深めることができる。顧客への理解と共感は、従業員が顧客体験の不十分な点を把握し、問題を改善するために不可欠だ。また、顧客との距離が縮まれば、従業員のやりがいと主体性も高まる。自分たちの行動が大きなインパクトを生み出せると認識できるからだ。従業員のやりがいと主体性が高まると、顧客体験の改善に加えて、従業員の定着率にもよい影響があるかもしれない。
従業員体験を通じて顧客体験を向上させるためには、顧客が商品を知り、購入に至るまでのカスタマージャーニーを描き出すマップと、従業員が入社してから退職するまでのエンプロイージャーニーを描き出すマップをすり合わせる必要がある。同時に、顧客がどのような問題で困っているかを明らかにし、その問題の原因を突き止めることも欠かせない。顧客体験に関わる問題は、従業員のスキルと知識の不足や不安定さが原因だったり、非効率な方針や時代遅れのシステムが従業員に悪影響を及ぼし、質の高い仕事をする意思と能力を損なっていることが原因だったりする場合もある。
カスタマージャーニーとエンプロイージャーニーと照らし合わせれば、顧客に悪影響を及ぼす従業員の困りごとが見えてくる。従業員がどのような体験をしているかというインサイトを得られれば、顧客のプロセスとシステムに関して、ほかの方法では得ることのできない視点が得られる。その視点は、顧客データだけを見ていては得られないものだ。
たとえばベスト・バイのケースを見てみよう。同社がエンプロイージャーニーのマップを作成したところ、店員たちが新しいPOS(販売時点情報管理)システムへの対応に苦労していることがわかった。一方、同社は、顧客が店舗でのレジ待ちの長さに不満を抱いていることも知っていた。レジ待ちの問題は、よくある顧客サービス上の問題だと黙殺することができたかもしれない。
しかし、ベスト・バイは、従業員に対する調査を行い、体験デザインのアプローチを実践した。具体的には、POSシステムを改善して、新しいテクノロジーを導入することにより、従業員の訓練に要する時間を減らし、データ処理にかかる時間も短縮したのだ。その結果として、従業員の不満が減り、離職率が低下し、顧客体験も改善した。
顧客体験と従業員体験のパフォーマンスを一体のものとしてとらえる
顧客体験と従業員体験のパフォーマンスを一体のものとして把握できるようにすると、顧客体験を改善するための取り組みを前進させやすくなる。顧客体験と従業員体験について別々のデータと表示システムを用いるのではなく、徹底的なデータ収集を行い、両方のKPI(重要業績評価指標)を一覧できるようにすれば、顧客体験と従業員体験の全容を把握できるようになる。
シンプルで統一された報告の仕組みを構築すれば、マネジャーは問題の診断と追跡を行いやすくなる。ヘルスケア施設管理会社のメドクセルは、それぞれの施設における顧客との関係の健全性、顧客とのやり取りのパフォーマンス、そして従業員のエンゲージメントを把握するために、施設ごとの総合指標を用いている。
また、従業員のパフォーマンスを顧客関連の指標に照らして評価すれば、従業員の組織に対するエンゲージメントが高まり、ビジネス上の成果をより強く目指すようになる。
スペインのマドリードに本社を置く通信会社テレフォニカ傘下のO2は、携帯通信会社から、デジタル通信ブランドへと移行したいと考えていた。そこで、同社は従業員向けのデータ表示システムを用意して、デジタル通信ブランドへの移行における顧客に関する成果を一覧できるようにした。また、毎週1回のリーダーチーム向けのプレゼンでもその内容を報告するようにした。
これにより、O2の従業員は、ビジネスの大転換をそれまでよりも「自分事」と考えるようになり、イノベーションの推進に前向きになった。会社の新しいアイデンティティの確立も後押しできた。
従業員が好ましい顧客体験のあり方について理解を深め、自分たちが顧客体験に大きな影響を及ぼせることを知れば、従業員はそれまで以上に、自分の会社に対して、そして会社が掲げる目標に対して献身的に振る舞うようになる。顧客体験を向上させるために従業員体験を向上させるべきであることは明らかだ。今日のビジネス環境において、その重要性はひときわ大きい。
"Engaged Employees Create Better Customer Experiences," HBR.org, April 04, 2023.