提言2:学習を重視する

 これまで述べてきた3つのR(認識、要請、対応)を実践すれば、企業は優れた顧客体験を構築できる。この一連の顧客体験を、さらにディープな顧客関係に発展させるには、4つ目のRが必要になる。「繰り返し」(Repeat)だ。

 顧客とのどのようなやり取りも、その顧客についての新たな学びをもたらしてくれるはずだ。そして次にコミュニケーションを取る時、よりよく認識、要請、対応できるようになるはずである。この繰り返しは、極めてポジティブなフィードバックのループになる。企業が顧客を喜ばせることができるほど、その顧客とのやり取りが繰り返される可能性が高くなり、その顧客についてさらに学ぶ機会がもたらされて、さらに喜ばせることができるようになる。

 大規模言語モデルは、過去の経験から学ぶことが本質的にうまい。過去のやり取りをフィードバックと見なし、特定のユーザーとのやり取りから得られた情報を利用するようみずからを訓練する。前述のポジティブなフィードバックのループをハードコーディングする(埋め込む)ことによって、一人のユーザーに関する知識ベースをさまざまなやり取りを通して拡大するのだ。また、このシステムは、類似顧客から類推することもでき、学習プロセスをいちだんと加速することができる。

提言3:人間の代わりにテクノロジーを使うのではなく、テクノロジーで人間の能力を補う

 グーグルやマイクロソフトなどのAPIのおかげで、ビッグテック以外の企業でも、大規模言語モデルをユーザー体験に統合できるようになるだろう。

 小規模なヘルスケアのスタートアップでも、時代遅れのテクノロジーインフラに苦しむ公立学校でも、誰もがこのテクノロジーを利用できるようになる。だが、戦略的な視点で考えると、これは悪いニュースでもある。どのような企業や組織でも活用できるということは、大規模言語モデルの統合が競争優位の源泉にならないことを意味するからだ。言い方を変えると、大規模言語モデルを活用する企業は、活用しない企業よりも競争優位に立つと考えてよいが、それだけでは勝てる顧客体験を生み出せない可能性がある。

 例として、乗り捨て型キックスケーターや自転車のシェアリングサービスに起きたことを考えてみよう。新しいテクノロジー(モバイルアプリとGPS)は、斬新なユーザー体験を可能にした。ユーザーはサービス対象の自転車を見つけたら、オンラインで使用許可を得て利用し、好きな場所に乗り捨てることができる。このビジネスモデルは非常に魅力的だったため、複数の事業者がまったく同じ顧客体験を提供し始めた。これは、複数の事業者を気軽に使い分けたいユーザーには良かったが、事業者側に熾烈な価格競争を引き起こし、多くが倒産した。

 企業は、テクノロジーを活用するだけでは競争優位を得られないと肝に銘じるべきだ。そのテクノロジーを誰もが活用できる場合はなおさらである。重要なのは、どうすればそのテクノロジーを価値ある方法で活用できるか、そして、どうすればお金を払ってもよいと顧客に思わせられるかだ。しかもそれは、簡単に真似できないものでなくてはならない。

 この問いに答えるために筆者らが提案するのは、新しいテクノロジーを既存の能力に代わるものではなく、それを補うものと見なすことだ。

 チャットボットをめぐる現在の議論の多くは、AI活用技術が人間の労働に取って代わるというメンタルモデルに基づいている。コストは下がる一方で、顧客の支払い意欲には影響がない、というわけである。これはおそらく事実だろうが、競争上の差別化を図る余地はあまりない。

 よりよいメンタルモデルは、その企業の既存の能力を独自の方法で高める補完物としてAIテクノロジーをとらえることである。そのためには、何か際立った価値提案を見つける必要がある。これは前述の4つのRを実行する方法を深く理解することでもある。たとえば、あるヘルスケアシステムが、コネクティビティと利用しやすさによって、ライバルに対して競争優位を確保したい場合を考えてみる。大規模言語モデルを使うことでこれまでと同じ関係を安いコストで患者に提供するよりも、その関係をいちだんと強化、改善する方法を大規模言語モデルで探ったほうがより大きな利益を得られるだろう。

 ビジネスの歴史において、チャットGPTの登場は、限定された用途で使われてきたAIが、さまざまに応用できる普遍的なツールへと移行した節目として記憶されるだろう。しかし、テクノロジー自体が価値を生み出すわけではない。価値創造を起こすには、満たされていないニーズのソリューションとして大規模言語モデルをとらえる必要があり、そのためには顧客体験のペインポイントを正確に把握する必要がある。

 本稿で述べてきたモデルは、顧客体験の認識、要請、対応の各段階におけるペインポイントに対処するうえで役に立つ。ひとたび価値を創造できたら、次に企業はその価値を競合他社から守るという課題に直面する。

 チャットGPTをはじめとするAIシステムは、業界のすべてのプレーヤーが活用できる。したがって、満たされていない顧客ニーズを解決するというテクニカルな課題に対して活用するのに加え、企業のケイパビリティを高めるためにも、いかにAIを活用するかという戦略的な問いに取り組むことが重要である。


"Create Winning Customer Experiences with Generative AI," HBR.org, April 04, 2023.