コカ・コーラのボトルの中ではじける泡は、世界中でポップカルチャーのシンボルになってきた。ザ・コカ・コーラ・カンパニーは、2022年の国際フレンドシップ・デーにメタバース進出2周年を記念して、コーラのボトルの泡からインスピレーションを得たデジタルデザインを、既存のデジタルコレクティブル(デジタル形式で存在するコレクターアイテム)保有者に無償で配付(ドロップ)した。
同社は「プライド月間」と「ハロウィーン」の際にも、別のデジタルコレクティブルを配付している。実物のソフトドリンク、コカ・コーラ・スターライトを2022年に試験的に販売した際には、デジタルのマーケティングキャンペーンを展開し、缶のラベルのQRコードをスキャンするとシンガーソングライターのエイバ・マックスによるメタバース上のコンサートにアクセスできるようにした。
デジタルツインは、実物と同じ物理的特徴を持つようにプログラムされた、人物や物体、あるいは場所のバーチャルなレプリカだが、これはフィジカルとバーチャルの融合で重要な役割を果たすだろう。
筆者はイスラエルを拠点とするソフトウェア企業、ツリーディスの共同創設者であるナサニエル・ロンブローソに話を聞いた。同社はデジタルツインを活用して、小売りや不動産、接客業や旅行業、製造業、博物館や画廊などの部門で、フィジカルな実世界をメタバースに接続している。
2020年の新型コロナウイルス感染症によるロックダウンの際、ツリーディスは「ダビデの町」とイスラエル旧市街全体のデジタルツイン一式を構築し、この没入型サイトに月間100万人を超える訪問者を引き寄せた。ロンブローソは言う。「デジタルツインによって、私たちはダビデの町の歴史を没入環境で紹介できるようになりました。伝統音楽や考古学者のインタビュー、アニメーションのキャラクターを使い、すべて6言語で対応しています」
また、メタバースに注目するブランドは、「デジタルヒューマン」とも呼ばれるAI駆動のカスタマーエージェントのアバターを通して、より統一され、現実的で、パーソナライズされたやり取りを追求している。
韓国の大手生命保険会社、ハンファ生命保険が開発したバーチャル・ファイナンシャルプランナーの「ハナ」は、ミレニアル世代やZ世代の顧客をターゲットにしたアドバイスを提供する。
アヴァロンが開発した医療メタバースのeヘルス・プラットフォーム、「アイメディス」(Aimedis)では、AI駆動のデジタルアシスタント、アヴァが、患者や医師、そのほかの医療従事者のサポートをしてアドバイスや支援サービスを利用できるようにしている。
デジタルヒューマンのパイオニアの一つでありマドリードに拠点を置くヴォイスヒューマンズが創り出した、デジタルパーソナルショッパー(顧客の趣向や意図を汲んで、買い物を代行する人)の「リア」は、ショッピングモールで顧客のエンタテインメントや買い物の選択と
課題とやるべきこと
メタバースは、顧客体験(CX)を新たな形で構築するテクノロジーとして、インターネットの登場以来、最大の可能性を秘めており、メタバースは根本的に、CXおよびCX戦略において大きな変革をもたらしている。とはいえ、まだ多くのハードルも残っている。企業がメタバースの取り組みを開始する際にやるべきことを、以下に挙げる。
「ドロップ」の技に習熟する
インターネットベースのeコマースの顧客体験は、主に検索とオンライン広告の体験の質で決まる。
ソーシャルメディアでは、よくできたツイートやティックトックの動画がカギだった。メタバースにおける消費者マーケティングと販売促進は、「ドロップ」をどう管理するかで勝負が決まるだろう。ドロップとは、アートやデザイン、記念品などのバーチャルコレクティブルのことで、ロイヤルティに報いたり、新製品の販売を促進したり、あるいは単にブランド価値を強化したりするために、折に触れて顧客のデジタルウォレットにエアドロップされる。
たとえば、バーガーキングはラッパーのネリーや歌手のリルハディのようなセレブリティとタイアップした「キープ・イット・リアル・ミールズ」キャンペーンで、バーガーボックスのQRコードによってアクセスできる、一連のデジタルコレクティブルを発表した。
ファッションハウスの象徴であるグッチは、メタバース・プラットフォーム「ディスコード」上のニュー・トーキョーに住む最もロイヤルティの高いフォロワー5000人に、デジタルのファッションアイテムをエアドロップした。
セレブリティ・クルーズは、ブラジル人彫刻家ルーベン・ロビエルブによるデジタル芸術作品のオークションを開催している。
ドロップを通してCXの専門家は、多くの新しい要素を検討できる。適切なタイミングと場所を選ぶこと、サプライズと感嘆の要素を織り込むこと、ブランドの価値とアイデンティティを強化するNFT(非代替性トークン)を創造すること、セレブリティやアーティスト、デジタルキャラクターなどとの新しいパートナーシップを結ぶことなどがその一例である。
ゲームで遊ぶ
マーケターは長年、顧客の注意を引くためにゲームや競争を利用してきた。コーンフレークの箱にプリントされたクイズ、板チョコの包みに入っているゴールデンチケットなどがそれに当たる。
メタバースでは、ゲームやコンテストは顧客体験の中心的要素になるだろう。グッチのオンラインスペース「ヴォールト」では、プレーヤーはデジタルマネーやデジタルコレクティブルが当たるくじに参加するために、競争してヴォールトボックスを手に入れる。チャーリーコーエンのエレクトリックシティでは、顧客はデジタルウォレットを持って、隠れたピカチュウのキャラクターを探し、フィジカル製品やデジタルコレクティブルを手に入れるために宝探しをする。
ルイ・ヴィトンの「ザ・ゲーム」では、
データを追跡する
メタバースとフィジカルな環境の融合によって、消費者の行動と体験について新たな分析的知見を得るチャンスが到来している。ツリーディスのロンブローソは言う。「メタバースをベースとしたアプリケーションによって、消費者の体験やプロフィール、および行動をより理解できるようになりました。消費者が店やショールームを移動する経路や、どこをじっくり長く見ていたか、どの角度から商品を見たかなどがわかるのです。これらの情報から、戦略プランナーやマーケターは、ビジネスについての重要な新しい知見が得られます」
バーチャル世界で得た知見をフィジカル世界に、またフィジカル世界で得た知見をバーチャル世界に活かせることは、あらゆる分野のマーケターや商品デザイナー、店舗プランナー、CXの専門家にとって、消費者の行動と体験を理解するうえでカギとなるだろう。
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新しい発見と新しい冒険、そして消費者についての新しい知見。メタバースは多種多様な業界に、CXを再創造する貴重な機会をもたらしている。あらゆる分野のマーケターやビジネスプランナー、商品開発者は、このチャンスを逃してはならない。
"Building a Great Customer Experience in the Metaverse," HBR.org, April 03, 2023.