自社のサービスだけで顧客が目的を果たせるようにし、 具体例を示す
顧客は、自分の目的達成を目指し、そのための最もシンプルな方法、もしくは最も費用対効果の高い方法、あるいはその両方の条件を満たした方法を欲する。そこで、顧客にとっての真の最終目標は何か、そして自社でどこまで顧客のニーズに応えられるのかを考える必要がある。
昨今は企業間で情報をやり取りすることが昔より容易になり、顧客が目的を果たすのを助けるために、データの収集とサービスの実行に関してほかの企業と手を結ぶことも可能になった。このような時代には、さまざまな企業とのパートナーシップを通じて、どのようなエコシステムを築いているかがブランドの差別化につながる。
ハブスポットの創業者で最高技術責任者(CTO)でもあるダーメッシュ・シャアは、みごとなデモンストレーションを行い、自社のアプリケーションである「チャットスポット」にオープンAIなどの生成AIツールをどのように組み込んでいるかを説明した。具体的には、1回の入力だけで顧客が目的を果たせるようになったことと、同社の既存のサービスよりも大幅に優れたサービスを、新たに提供できるようになったことを示したのだ。
営業部員が売り込み先のリーダーにメールを送りたいとしよう。この場合、その営業部員は、「チャットスポット」を用いれば、売り込み先企業とそのリーダーについて調べ、メールの草稿を作成させることができる。その草稿には、調査により得られた情報と、営業部員がもともと知っていた情報の両方が盛り込まれる。こうして完成した草稿を編集して送信し、その後の経過を追跡する。これらもすべて、ハブスポットのシステムが実行する。また、送信先の人物は、関連情報とともに連絡先データベースに登録される。
情報をつなぎ合わせ、自動的にコードをつくり、アウトプットを生成するAIの能力を活用して、それまでの自社の領域を越えたサービスの提供に乗り出そうとしている企業は多い。旧来の「垂直」方向や「水平」方向への事業拡大ではなく、顧客が目的を達するまでのプロセスのカバー範囲を広げていこうとしているのだ。シンプルなユーザーコマンドによってサービスを提供すると、そのコマンドに、顧客が抱いている真の目標と、顧客が求めているソリューションの全体が映し出されるようになる。これまでのように、その一部だけが映し出されるわけではなくなるのだ。
ビジネスのエコシスエムを通じて差別化を図る
顧客の幅広いニーズに応えるためには、新しいパートナーと関わりを持つことが不可欠だ。顧客が目的を果たすために必要なものをすべて提供するうえでは、そのようなパートナーシップをどのように構築するかが戦略の重要な基盤になる。
パートナー企業からもたらされるデータは、どれくらい信頼できるのか。そのデータは、必要な許可を受けていて、情報が最新で、内容が包括的で、バイアスの影響を取り除けているか。パートナー企業は、あなたの会社が提供したデータをどのように用いるのか。パートナー企業との関わり方、品質管理、データ統合の土台を成すのは、あらかじめ合意してある独占的なパートナーシップなのか。それとも、シンプルな売買契約なのか。サービスの幅を広げたことに対して、顧客からどのように料金を徴収するのか。関係するパートナー企業と、どのようにその利益を分け合うのか。
今日、グーグルのような検索エンジンや、アマゾン・ドットコムのようなオンラインショッピングサイト、トリップアドバイザーのようなクチコミ情報サービスは、売り手にとって顧客を取り込む「玄関」のような役割を果たしている。それと同じように、質の高いパートナーを確保し、一人ひとりの顧客に合わせた体験を提供し、シンプルな利用方法を実現できるブランドは、顧客が目的を果たすプロセスの「玄関」部分のナビゲーター役を担えるようになりつつある。
たとえば、ドラッグストアチェーン大手のCVSであれば、医療機関、医療テクノロジー会社、健康関連サービス会社、ドラッグストア、その他の支援サービス会社が参加する健康ネットワークの調整役になれるかもしれない。
ユーザーがアプリに「体重を10キロ落としたいと思っているのですが、どうすればよいでしょうか」とか、「関節炎が悪化してきたのですが、どうすればよいでしょうか」などと尋ねると、しかるべき回答が示されるようにできれば、同社の市場における強力な差別化要因になる。ユーザーが投げ掛ける問いと、ネットワークを介して共有される情報に基づき、顧客が目的を果たすことが可能になれば、ブランドへのロイヤルティを築き、ユーザーのデータを獲得し、それを利用してサービスの質を向上させ続けるための大きな後押しになるのである。
安全性、プライバシー、セキュリティ、透明性を重視する
あるブランドがデータをどのようにマネジメントするかは、そのブランドに対するイメージに影響する重要な要素の一つになる。そこで、極端なケースやバイアスに伴うリスクの除去、もしくは緩和が必要になってくる。
最近の報道によると、チャットGPTなどの生成AIに投げ掛ける問いの内容によっては、「幻覚」(ハルシネーション)と呼ばれる奇妙な反応が返ってくるケースがあるという。生成AIは、誤った情報をあたかも確実な主張であるかのように回答する場合もある。
また、バイアスの影響を受けたデータに基づく反応は、一部の属性の人たちに対して危険な結果をもたらす可能性もある。顧客の許可を得ることなく、明らかに顧客の恩恵につながらない形で、顧客の私的な情報を部外者に提供したことが露見する企業も出てきている。
コアデータの質に始まり、データのマネジメント、生成AIのアウトプットの質に至るまで、関連するリスクは増大する一方だ。そのようなリスクに対応するために、「最高顧客保護責任者」という役職を設ける企業も登場している。さまざまなリスクに関するシナリオをあらかじめ把握しておくこと、そしてそれ以上に、プロダクトマネジャーによるシステムの開発とマネジメントの暴走を防ぐための手段を設けることが、この役職者の役割だ。
さまざまな企業の取締役会のリスク委員会はすでに、こうした分野の専門家を新たに招聘し、そのような人物の権限を拡大させ始めている。しかし、さらに多くのことが必要だ。データがバイアスの影響を受けていないかを点検し、データの出所がどこなのか、著作権と正確性とプライバシーに関してどのようなリスクがあるのかを確認し、データの利用について顧客の明確な承諾を取りつけ、情報の用途に制限を課し、顧客の極端な要求への対応をたえずチェックすること。こうしたことすべてを、自社の中核的なプロダクトマネジメントの規律や、最高幹部たちが繰り返し発する問いの中に織り込むべきだ。取締役会は、この種の活動の状況に常に目を光らせることが求められる。また、その企業に対する法的な異議申し立ての代理人を務める弁護士など、社外の人たちがそうした情報を求める場合もあるだろう。
生成AIは、以上のような数々の苦労をしてまで導入する価値があるのか。このテクノロジーをめぐるリスクは増大し続けるだろうし、リスクをマネジメントする仕組みをつくるためのコストは小さくない。バイアス、情報の正確性、著作権、プライバシー、ランキングの不正操作などのリスクへの対処法は、最近ようやく明らかになり始めたばかりだ。もし何らかの監査が必要になっても、システムの透明性が低いために、ある結果が起きた理由を説明できない場合も少なくない。
しかし、生成AIの能力は過去に登場した、いかなる種類のアプリケーションよりも急速に向上し続けている。活用できるデータの量が増えれば、情報の正確性が高まると予想できる。それに、AIシステム同士が互いにチェックし合うようになり、さらに人間も点検を行うようになれば、やっかいな「幻覚」の問題もやがて是正されるだろう。
新旧のアプリケーションへのアクセスがシンプルになり、パーソナライズが進展し、より民主的になることを見込んで、莫大な数のスタートアップ企業と既存企業が、AI関連サービスの市場に参入しようとするだろう。「少し面白いサービス」以上のものを提供し、顧客が目的を果たすプロセスのカバー範囲を広げ、そのサービスを信頼してもらうことができれば、ブランドが新しい収益源を手にする道が開ける。
適切に利用されれば、スピードの向上とパーソナライズの進展により、料金の上乗せも可能になるかもしれない。そしてそれ以上に、AIによる自動化の効果として、システム全体のコスト削減が実現し、すべての参入企業が効率性をめぐって競い合うことになりそうだ。
いま、ブランドと顧客の間に新しい対話が生まれつつある。それは、真の意味での対話だ。デジタル化が進み始めた初期に、わかりにくい説明を一方的に行うだけだった日々とは違う。双方向のやり取りを通じて、両者が一緒に、シンプルなプロセスにより信頼性を確保しつつ、顧客の望む形で目的を果たす時代が訪れようとしている。
どのブランドがそのようなサービスを提供できるかという競争は、もう始まっている。
*当初公開した英語版の記事には、アメリカン・エキスプレスについての誤った記述が含まれていた。
"Generative AI Will Change Your Business. Here's How to Adapt.," HBR.org, April 12, 2023.





