
生成AIを活用する企業のケイパビリティと考え方
いま時代が変わろうとしている。生成AIは、ソフトウェアと私たちの関わり方に変化をもたらす。そして、多くのブランドが顧客とのやり取りにおいてソフトウェアに大きく依存していることを考えると、生成AIはブランドの競争を過熱させ、競合するブランドとの差別化を左右しそうだ。
筆者らが2022年、HBR誌に寄稿した論文「顧客体験はAIの力で進化する」では、顧客情報とAIの活用により、すでにブランド体験に違いがもたらされていることを指摘した。それに加えて生成AIの普及が進めば、ブランド体験のパーソナライズがいっそう進むだろう。デジタルツールを介した顧客とのやり取りのすべての側面が、一人ひとりの顧客の望みに合わせたものになるのだ。プロダクトデザイナーの意向に従う形で、膨大な数のメニューや機能をそこに詰め込むことはなくなる。
また、顧客の期待に応えようとする結果、ソフトウェアは特定のプロダクトの範囲内に留まるものではなくなるだろう。ソフトウェアには、顧客のニーズを満たすためのソリューションを提供することが求められるようになる。具体的には、顧客が必要とするもの一式を提供し、顧客がソリューションに到達するまでの道のり(ジャーニー)すべてを手助けしなくてはならない。
そのためには、場合によって社外のパートナーと連携したり、自社のサービスに関する考え方を根本から改めたり、関連するすべての要素をソリューションと結びつけるためにデータとテクノロジーのアーキテクチャーを開発したりする必要がある。
生成AIは、その名の通り、テキスト、音声、画像、音楽、動画、さらにはプログラムのコードまで「生成」することができる。そうした能力を持っている生成AIに顧客の個人情報を与えることによって、ソフトウェアとのやり取りの形態や対象、タイミングを顧客ごとにパーソナライズできれば、顧客はこれまでとは比べものにならないくらい課題の処理が容易になり、ソフトウェアを利用する機会も飛躍的に拡大する。
今後は、グーグルの検索エンジン、そしてチャットGPTやDALL-E2など、多くのAIシステムのページ中央に見られるようなシンプルな入力窓がさまざまなシステムに続々と導入され始めるだろう。ドロップダウンのメニューによりユーザーに操作を選ばせる時代は終わりを迎える。それに伴い、ユーザーがソフトウェアを活用する際の自由度が高まる。
たとえば、顧客が「今日は何をしたいのですか」というソフトウェアからの問いかけに答えれば、何らかの提案をしてくれるようになる。提案は、その顧客が前回取った行動、現在置かれている状況、抱いている重要な目標などの情報に基づいて行われる。たとえば「旅行のためにお金を貯めたい」「キッチンのリフォームをしたい」「健康面で配慮が必要な5人家族の食事のメニューを決めたい」などだ。
旧来のソフトウェアのインターフェースに付き物だった制約がなくなり、顧客は、ソフトウェアを運営しているブランドの事情には関係なく、そのソフトウェアによって自分の課題が解決されることを望むようになる。人々がソフトウェアとどのように関わり、ソフトウェアにどのような機能を望むかは、根本から変わる。それに伴い、ブランドと顧客の関係はいっそう民主的なものになる。
最近沸き立っている生成AIに関する情報では、テキストや画像や音声を生み出す能力ばかりが注目されがちだ。しかし、生成AIはそれだけに留まらず、プロセスを自動化したり、社内外のデータを取り込んだりするためのコードも作成できる。コマンドに反応してコードを生成することにより、ユーザーがプログラムに指示するだけで課題を完了することも可能になる。こうしたショートカットが実装されれば、ユーザーはソフトウェアのややこしいメニューと格闘せずに済む。
ソフトウェアに問いを投げかけて、
アプリケーションを利用する際に顧客に求められる操作は大幅に簡略化される。顧客への価値提案の一部として、アプリケーションを構築しようとするブランドも増えるだろう。
「今日の天気と道路状況、そして同伴者を考慮に入れて、午後の観光コースを提案してほしい。そして、観光中にガイドをし、後は、列に並ばずに済むように、前もってチケット類はすべて買っておいてほしい」「私の予算はこの通り。これは、いまのバスルームの写真5点。これをこのように変えたい。リノベーションのデザイン案と、それを実行するための完全なプラン、コンペで業者に発注する方法を教えてほしい」。顧客はこのように問いを投げかけるだけで、
こうしたサービスを生み出すのは、どのような企業だろうか。強力なテクノロジー企業だろうか。それぞれの分野ですでに顧客を持っているブランドだろうか。あるいは、この種のサービスに特化した新規参入企業だろうか。競争はまだ始まったばかりだ。しかし、そのためにどのようなケイパビリティとビジネス哲学が必要になるかは、すでに明らかになり始めている。
これまでよりも幅広いサービスを提供する
生成AIや、その他の新しいAIシステムが普及する時代には、自社のサービスを構築するために、自社が獲得可能なデータ、自社が顧客に提供できるサービス、そしてそのサービスについて回るリスクについて、できるだけ広い視野で確認する必要がある。
さまざまなデータを集約する
アプリケーションによって顧客の課題をすべて解決するためには、社内のすべての情報を入手し、さらには、おそらく社外からも情報を得なくてはならない。ほとんどのアプリケーションにおいて、そしてほとんどの企業のIT部門にとって極めて大きな課題の一つは、さまざまな異なるシステムからもたらされるデータを集約することだ。
その点、多くのAIシステムは、異なるデータベースの構造(スキーマ)を理解して、一つのリポジトリに統合するためのコードを作成することができる。それにより、データベースのスキーマの標準化に関して数段階の作業を省くことが可能になる。と言っても、AIチームがデータの不備を補正し、データのガバナンスを徹底するために時間を割かなくてよいというわけではない。これまで以上に、そのために時間を費やすことが求められる。たとえば、どのような変数を重んじるかについてすり合わせを行う必要がある。それでも、AI関連のケイパビリティを活用できるようになれば、これ以降のステップですべてのデータを集約するプロセスは、より容易になる。
たとえば、ナラティブAIは、企業がデータの売買を行うためのマーケットプレイスを用意し、あわせてデータコラボレーション用のソフトウェアも提供している。そのソフトウェアを利用すれば、企業はワンクリックであらゆるソースからの重要データを、自社のデータベースのスキーマに適合する形で、自社のリポジトリに取り込める。社内のあらゆる部門と取引先、そしてデータ販売業者から収集したデータを瞬時に統合して、モデル作成のために用いることができるのだ。
自社独自のデータと、一般公開されているデータ、ほかのAIツールを通じて入手できるデータ、社外から入手できるデータを組み合わせれば、AIが文脈を理解し、尋ねられる内容をあらかじめ予測する能力を飛躍的に向上させ、コマンドを実行するために用いるための選択肢を大幅に充実させることができる。
ただし「質の悪いデータを投入すれば、質の悪い回答が生成される」という昔ながらの法則は変わっていない。特に、サードパーティのデータを入手する場合は、自社のデータと統合する前に、社内のデータと照らし合わせて正確性をチェックする必要がある。たとえば、あるファッションブランドは最近、サードパーティから購入したジェンダー関連のデータをチェックしたところ、50%の確率で社内のデータと食い違うことがわかった。このようなケースもあるので、データの出所と信頼性に留意することを怠ってはならない。
「ルールのレイヤー」をいっそう重んじる
顧客が入力窓にどのような問いを入力するかに、特段の制限が設けられていないように見える状況では、企業側がガイドラインを用意すべきだ。AIの能力を超えた問いや不適切な問いに対して、
たとえば、ある航空会社はAIを活用して、顧客との「次回の最善の対話」の内容を判断している。筆者らはその航空会社のために、どの顧客に何を売り込むべきか、どの地域でどのようなキャッチコピーを用いるべきかに関するルール、そして、顧客が興味のないメッセージを大量に送りつけられないようにするために、顧客に同じメッセージを繰り返し届けないようにするルールをつくった。
このようなルールを設けることは、生成AIの時代にますます重要になる。これらのソリューションを生み出した先駆者たちがすでに気づき始めているように、顧客は、機械が「故障」したように見えたり、意味を成さないソリューションを示したりすれば、すぐに不満を発するからだ。最善のアプローチは、小さく始めて、それぞれのソリューションに合わせてルールをつくっていくことである。ルールを厳格に定めること、そして、例外的なケースのためのルールを人間の意思決定者が設計できるようにすることが重要だ。