この方法は、これまでうまくいっておらず、今後もそうだろう。この提案は、侵害に対するより厳しい責任の罰則を民間部門に課すことで、先んじれば報われ、利益を追及しながらセキュリティ基準を無視してもほぼ罰を受けないという経済的誘因を変えるものだ。たとえその責任が初めはソフトウェアベンダーに課されたとしても、それは確実に中間業者やエンドユーザー企業に広がっていく。それは間違いない。

 この新しいサイバー脅威の世界に対処することは、デジタル技術の進歩に伴い、さらに複雑になっていくだろう。たとえば、チャットGPTは、わずか2カ月で1億人のユーザーがダウンロードし、エッセイを書いたり、調べ物をしたり、好奇心を満たしたりしているが、そのリスクは理解されていない。

 5Gテクノロジーは、ユビキタスな人間と人間、機械と機械、人間と機械の接続を橋渡しし、シームレスなIoT(モノのインターネット)を実現する。IoTは、人、ペット、家電製品、産業機器などをつなぎ、最小限の人間の介入でそれらが操作や通信、記録、監視、調整、対話ができるようにする。

 こうした新しいツールによってビジネスは大きく効率化するが、リスクも大きい。製品、人、ウェアラブル端末、機械がつながることで、保存、分析、使用、そして悪用が可能な、より大きなデータベースが新たにつくられる。すべてが接続され、接続されたものはすべてハッキングされる可能性があるのだ。

 量子コンピューティングの存在もある。これは、データやお金を守るために現在使われている技術を陳腐化させるおそれがある。コンピュータを専門とする科学者は、現在ほとんどの人がデータ保護に使っている2048ビットのRSA暗号を破るには、現在のスーパーコンピュータでは300兆年かかると推定している。これに対し、近未来の量子ビットコンピュータは、同じ暗号を10秒で解読できるようになるという。この分野の専門家は、今後数年のうちに1000量子ビットの量子コンピュータが開発されると予想しており、今日存在するあらゆるデジタルセキュリティシステムをより強固に保護するか、あるいは崩壊させるか、どちらかの道を突き進むことになる。

 量子コンピュータが最終的に脅威となるか、それとも人間のあり方を著しく向上させるかは、誰が最初にその手法を獲得し、それを使って何をするかにかかっている。中国は世界に先んじて開発すべく、米国を凌駕する投資を行い、追い越そうと突き進んでいる。

 そして、メタバースだ。人間と機械の意識の境界線をさらに曖昧にすることで、オンライン環境の安全性を確保することのリスクと難しさを増大させる次世代のインターネットである。

 米国政府はインターネットの安全性の問題をみずから解決することはできず、企業も安全性の問題を無視することの経済的苦痛が、そこから得られる利益よりも大きくなるまでは、解決しようとしないだろう。特に重要なインフラの運用においては、インターネットを再構築し、新しい安全なプライベートネットワークの使用を増やす以上の特効薬はない。そのためには、民主主義国家の企業、政府、ユーザーが協力して、インターネットをIPアドレスではなく人々の認証に依存するネットワークに変え、オンラインでの行動に関する厳格なルールを義務づけ、それを取り締まる(人間または機械の)サイバーポリスを維持する必要がある。

 これは簡単なことでもなければ、広く受け入れられるものでもないだろう。しかし、その代わりに、「サイバーカオス」の状態になり、電気、お金、医療サービスが消滅するおそれが生じることは、容認できない。

 新しいインターネットは、これまでのような「警官と泥棒」のスタイルではなく、新しい形の監視が欠かせない。この新しい規制の波には、民間と公共部門が協力してデータを共有し、政策の合意を形成するような、より分散化され、共同的な監視形態が求められる。その構築には時間がかかり、強力なリーダーも必要だ。いまの私たちには、そのどちらも不足しているようだ。


"There's No Silver Bullet for Cybersecurity," HBR.org, April 26, 2023.