3. 社内変革マネジメント
AIを活用するうえで忘れてはならないのが、利用する人間の正しい理解と腹落ちである。生成AIに限った話ではないが、黎明期の技術においては経営陣、従業員の間での理解度のばらつきも大きく、それによるさまざまな誤解や不信感、恐怖感が付き物である。
一定の規模の会社であれば、好奇心旺盛ですでに個人で生成AIを触った経験もあり、抵抗感がない社員もいれば、毛嫌いしていたり、これまでの業務のやり方を変えることに抵抗感があったりする社員もいる。AIは道具であり、それを使うのは人間である以上、ただ導入すればうまくいくわけではなく、経営層、従業員、社外のステークホルダーに至るまで、正しい知識とマインドセットを持ってもらえるようなコミュニケーションが必要となる。生成AIを導入する際の変革マネジメントの5つの要諦を下記に記す。
(1)AI導入を技術部門任せにするのでなく、事業責任者が期待する成果に対して責任を持ち、導入当初から積極的に関与すること。
(2)導入当初から完璧なものを求めるのではなく、まずはプロトタイプから開始し、アジャイルなテストと学習のアプローチで継続的、反復的な改善に焦点を当てること。
(3)複数のユースケースのアイデアリスト(バックログ)を構築し、期待する効果と成果実現までにかかる時間の両方から優先順位をつけて導入を進めること。
(4)AI導入の効果を測定し、よりよい結果を導くために、測定可能で明確なKPI (重要業績評価指標)とゴールを設定して動き出すこと。
(5)従業員やエンドユーザーを巻き込み、AIの利活用を促すための重層的なコミュニケーションを担保すること。AIという「手段」だけでなくそれがもたらす「価値」と「目的」が腹落ちするまでコミュニケーションを取り続けること。
4. 組織運営のあり方
生成AIの持つ価値の最大化と先に述べたリスクの最小化を両立するためには、戦略や変革マネジメントのみならず、組織のガバナンス、事業を推進するための体制、データや資産の管理、パートナーシップ戦略など、事業、経営基盤の面での手当ても同時に検討をしていく必要がある。ベイン・アンド・カンパニーでの経験に照らし合わせて、特に重要となる4つの要素について解説したい。
(1)ガバナンス体制の強化。会社として高い倫理観、責任感を持ってAIを活用するための強固なセキュリティ、プライバシー、コンプライアンス、品質保証ポリシーとプロセスを確立することは極めて重要である。
生成AIは、人間が事前に決めたり直接指示したりしたもの以外のオリジナルなコンテンツをつくることができる。そのため、意図せずに知的所有権(IP)や著作権を侵害したり、有害または危険なコンテンツを作成したりするリスクをはらんでいる。こうしたリスクを避けるためにも、入力データや出力データに対してスクリーニングを行う、言わば防波堤を組み込む必要がある。また、従業員が意図せず悪意のある利用をすることがないように、データの責任者とアクセス権、使用方法を明確に定義し、管理する体制を構築することが必須である。
(2)生成AIを展開するためのクロス・ファンクショナル・チームの組成。これまで見てきた通り、生成AIのユースケースは、これまでよりもさらに広範な部門や機能、システムを巻き込み、社内外に大きな影響を与えることが想定される。こうした広範かつ複雑な変革を推進するためにも、組織横断での開発プロセスを管理する権限をプロダクトチームやインベンションチームに与えて全体感をもって推進できるようにする。同時に、ユースケース実装に必要な各種ツール構築のため、AI対応のデータエンジニア、データサイエンティスト、ソフトウェアエンジニアの採用を拡大することも重要なテーマである。
(3)データや資産の管理。これまで述べたように、GPTをはじめとする汎用生成AIモデルを最大限活用するためには、自社のセキュアな環境において自社の固有情報を活用した強化学習アプローチと、AIによる生成データの蓄積および利活用が重要となる。こうした情報を社内に蓄積し、利用していくためのデータインフラアーキテクチャの構築が、ますます重要になる。
(4)外部パートナーシップ。生成AIの進化のスピードは目覚ましく、今後数か月から数年で、これまで想像できなかったような新しいユースケースが出てくることは想像にかたくない。また汎用生成AIモデルを活用し、機能特化型のアプリケーションを開発、提供する第三者も次々に現れている。自社の競争力の源泉となるノウハウについては自前で構築しつつも、そうでない分野については積極的に第三者の提供するソリューションを活用したり、協業したりすることも視野に入れた柔軟な取り組みが求められる。
AIに限らず他社との協業やオープンイノベーションに苦手意識を持つ日本企業も多いが、とりわけ変化の早い生成AIの周辺では、過度な自前主義は命取りになりかねない。ふだんから積極的に外部のソリューションに目を光らせ、パートナーシップの機会を探る責任を持った部門や人材のアサインも考えていきたい。
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これまで3回にわたって、生成AIが企業経営に与える影響、先行して導入、活用している企業のユースケースや活用状況、および実際に導入、活用するうえで注意すべき点について解説した。生成AIが、私たちの生活やビジネスのあり方を根本から変えてしまうほどの可能性を持っていることに疑いの余地はない。進化のスピードが目覚ましいこの領域において、数カ月という短期間のうちに生成AIの能力はさらに向上し革新的なユースケースの登場に対する期待感は大きい。
AIから目を背けて企業経営を行うことは現実的に考えられない。先行する企業はAIのリスクを認識しつつも、その可能性に向き合い一歩を踏み出している。生成AIがもたらす価値とリスクに正しく向き合い、AIに使われるのではなくAIを使いこなした企業こそが新時代の競争を制することになる。