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責任、戦略、社内変革、ガバナンス
前回までの論考では、生成AI(人工知能)が社会や企業に与える影響と、先進企業の活用事例を交えながら有望な用途、ユースケースについて紹介した。
これまで論じた通り、生成AIが従来の企業経営のあり方を根本から覆す可能性を有することに議論の余地はないが、ただ単に「右にならえ」で導入するだけでは差別化につながらないのは当然のこと、導入の仕方を間違えれば、生成AIの十分な効果を享受できないばかりか、これまで自社が築き上げてきた社会的信用を失うような大きなリスクもはらんでいる。
最終回となる本稿では、企業が正しく生成AIを導入、活用するために検討すべき4つのポイントについて論じていきたい。そのポイントは以下である。
1.責任あるAI活用
2.AI活用ビジョン、戦略
3.社内変革マネジメント
4.組織運営のあり方
1. 責任あるAI活用(レスポンシブルAI)
生成AIへの注目が急速に高まったこの数カ月間、世界中でAI活用に関する活発な議論が行われている。イタリアでは個人情報保護機関(IDPA)が2023年3月にチャットGPTの使用を一時禁止するなど、欧州諸国のAIに対する規制の動きは、多くの業界に影響を与える可能性がある。
日本においても、2023年5月に国内のAI研究の第一人者である東京大学大学院の松尾豊教授が座長を務める政府の「AI戦略会議」が発足し、国際的に通用するルールづくりに向けての検討が始まった。投資家がESGの一環として、投資先企業に対して、AI活用の際の倫理観を報告するよう求める動きもある。監査においても、評価の一環としてAIリスクを含めることが期待されるようになっている。
生成AIを論じる中で特に避けて通れないのが以下の2点だ。
(1)個人情報や国家、業界の機密情報の保護や漏洩リスクへの対応。
(2)AIによる情報の信頼性の担保や情報バイアスの排除。
(1)については、オープンAIをはじめ汎用生成AIモデルの提供各社も、パブリックなインターネット上に存在しない企業の固有情報を、汎用モデルの学習にいっさい使用しないことや、利用者の同意無しに生成AIへの入力履歴を保存しないなどの体制整備を進めている。また企業向けには、一般ユーザー向けに公開されているものとは異なるAPIを用意し、企業が保有する機密情報やノウハウが、汎用AIモデルを通じて外部に漏洩することがないような仕組みを構築するなど、対策を取っている。利用する企業の側でも、情報漏洩のリスクに対する従業員への十分な注意喚起とルールづくりが必要である。
すでに国内外でも社外秘の情報を、企業向け環境ではなく一般ユーザー向けの生成AIに入力してしまったという事案が報じられている。生成AIの利便性に気づいた従業員が、会社に隠れて機密情報を入力するといったことが起こらないよう、会社側には早急なルールづくりが求められる。
また、(2)については、AIによる出力情報の信頼性の担保も大きな課題だ。過去数か月間で生成AIの回答精度は大きく向上したものの、インターネット上の情報を学習データとして使用している仕組み上、100%の情報精度を担保するのは現実的に難しい。また、インターネット上に存在する情報の質や量に応じて、AIの出力には地域、国籍、言語によるバイアスがかかることも認識しておく必要がある。
以上のような課題に対して、企業が「責任あるAI」を提供するうえで必要となる4つのポイントを紹介する。
・汎用モデル任せにせず、自社の固有データを活用できる堅牢な情報管理システムを構築すること。AIから自社のユースケースに合わせた適切な回答が得られるよう、汎用モデルの出力に頼り切るのではなく、システムの学習、チューニングに投資をするとともに、AIの回答に不適切なバイアスがかかっていないかをチェックしながら自社独自のデータベースを用いてシステムを補強することが必要である。多大な学習データにより学習された汎用モデルのメリットを享受しつつも、自社の機密情報については、自社内のプライベート環境でセキュリティ管理を行うことが必要である。
・AI出力への信頼性の検証。生成AIの効果と創造性を最大限に活かすためには、プロセスをAIだけで閉じるのではなく間に人間が関与し、人間からAIへのフィードバックを行うことが有効だ。AI活用のアプローチやユースケースを検討する際には、人間による検証や責任の所在を考慮したうえで設計することが肝要である。
・AIをブラックボックス化せず透明性を担保すること。特に顧客やユーザーと、AIが直接対話する場合には、顧客、ユーザーに事前の通知と許可を求めることが必要である。またAIモデルからの回答には、結論だけではなく、なぜその結論に至ったか説明したり、根拠を含めたりすることで、AIが参照したデータを明らかにすることが可能になる。何か問題が起こった際に、後から監査ができるような透明性のある設計を心掛ける必要がある。
・将来の規制に対して備えること。生成AIは黎明期の技術であり、今後、新たな規制が導入されていくことが想定される。企業は、各国当局の規制や自社が所属する業界標準など、既存および今後の規制動向を常にチェックしておくことが求められる。また、規制リスクを考慮したモニタリングを行うとともに、仮に規制されても困らないようすべてをAI任せにせず、万一AI利用を規制された際には、いつでも人間が代替できる体制を持っておくことも必要だ。
2. AI活用ビジョン、戦略
前回の論考の中で、企業におけるAI活用の3段階について紹介した。生成AIはあらゆる業界に対して影響があるものの、業界ごとに影響度合いや想定される効果は異なる。自社の属する業界が生成AIによってどのような影響を受けるのか、今後3~5年でどのような活用が進み、業界がどの方向に進んでいくのかを俯瞰し予測しておくことが重要である。
そのうえで業界他社に先んじて導入を図る「ビジョナリー」企業を目指すのか、あるいは「ファスト・フォロワー」を目指すのか、自社の立ち位置を決めておく必要がある。ただ思いついたユースケースを散発的に導入するのではなく、想定されるユースケースの「幅」を見極めたうえで、期待する効果と、実現するためにかかる時間軸の観点から、どういったユースケースから始めるのがよいか、明確な優先順位をつけること、従業員や顧客を含めた社内外のステークホルダーへの影響度も加味し、それぞれのユースケースについて検証、試験展開 (Proof of Concept)から全面展開まで、どのような時間軸で展開をしていくのか、ロードマップを持っておきたい。