顧客価値の向上を目指す戦略を重んじる
戦略に関する混乱を克服して、思い込みのコンセンサスを現実のコンセンサスに転換し、目標を達成したCEOたちは、顧客最優先の考え方を徹底しているということが、筆者らの研究によって明らかになった。
この傾向は、過去の研究結果とも合致する。245点の学術論文を分析した2023年の研究によると、顧客の満足度に重きを置く企業は、売上高、利益、キャッシュフロー、株価など、幅広い指標で高いパフォーマンスを挙げているという。また、最近の別の研究によれば、顧客のニーズを満たすことを軸に戦略上のコンセンサスを築いている企業は、コストの抑制を成し遂げていて、売上高、利益、企業価値評価額が高い傾向がある。
上級幹部とミドルマネジャー、現場の従業員がすべて足並みを揃えて、顧客中心主義の戦略で一致した認識を持っていれば、無駄なコストを浪費したり、部署ごとにばらばらの活動に投資し、顧客価値を高めずにリソースばかりを消費する確率が小さくなる。
たとえば、2020年の時点で、ヒューストンに本社を置くサプライチェーン・サービス会社であるITIマニュファクチャリングでは、戦略に関する社内の認識の一致度が20%に満たなかった。しかし、その3年後、認識の一致度は82%に上昇していた。それに伴い、売上高も23%増加し、従業員は勤務時間の50%以上を顧客のための課題解決に費やしていると述べるようになっている。
どこが変わったのか。ITIでは、顧客満足度を高めるために最も重要だと思われる要素を明確に優先する戦略へ転換したのである。具体的には、顧客に対して、注文の処理状況について毎週、最新情報を提供するようにしたのだ。
同社CEOのジョシュア・ロビンソンは次のように説明した。「顧客価値の創出から出発することにより、私とチームの面々は、顧客にとって何が最も大切か、気づくことができました。それは、毎週の進捗状況を報告することです。それは、一見すると至ってシンプルなこと、さらに言えば些細なことに思えました。けれども、いまになってみると、その意義は非常に大きかったのです。結果がすべてを物語っています。新規顧客や売り込み先に対して、我が社を他社と差別化する材料になったのです。既存顧客の満足度も高まり、推薦の言葉を寄せてくれる顧客もいます」
現場の従業員が行う日々の業務に戦略を織り込む
次に、顧客価値を最大限重視するように戦略を転換した後は、その新しい思考様式をすべての従業員の日々の活動に浸透させるための方策を実行すべきだ。戦略とは、働き手の日々の業務に単純に付け足せばよいというものではない。その戦略が日々の業務そのものにならなくてはならない。実際に顧客価値を生み出すのは、あくまでも現場の従業員とマネジャーたちであり、顧客中心の戦略を実行するうえで最も重要なのは、この人たちの日々の仕事なのである。
筆者らが研究対象にした別の企業の例を紹介しよう。自動車部品の卸売り企業であるスウェージロック・サウスイースト・テキサスのケースだ。この会社は、戦略に関する認識を社内ですり合わせることに、これまでもたびたび取り組んできた。社長のクリス・ジョーンズによれば、同社では、内向きの取り組みをいくつも実行してきたと言う。「私たちは、戦略の名の下に、ありとあらゆることを試みてきました。ところが、顧客価値を改善することだけは、取り組んでいなかったのです」
しかし、2021年、スウェージロックは、素早い見積もり提示が重要な顧客ニーズだと判断し、その目標に向けて戦略を全面的に見直した。「内向きの活動の多くは、一時停止にしたり、後回しにしたりしました。迅速な見積りを行うことに、社内の関心と労力とエネルギーを集中させたのです。顧客サービスの担当者たちに、よけいなものを省いた最新のコンピュータインターフェースを用意し、研修を増やすなど、業務の助けになるかもしれないものは何でも用意しました。それとは関係のない取り組みを停止したり、後回しにしたりする過程では、上級幹部たちと厳しい話し合いを重ねなくてはなりませんでした」と、ジョーンズは振り返った。
ジョーンズは、さらにこう述べている。「それでも、私たちは迅速な見積もりを戦略実行の中核に据えました。見積もりを示すまでの所要時間は平均18時間かかっていましたが、いまでは平均5時間まで短縮できています。顧客の95%は、見積もりが示されるスピードに満足しています」
スウェージロックの戦略・事業開発担当部長を務めるデボラ・カーペンターによれば、このように顧客体験が改善された結果、社内にも好影響があったという。「以前、セールス部門のメンバーは勤務時間の30%以上をその日の業務ではなく、見積もりのフォローアップに費やしていました」と、カーペンターは説明した。「それが悪循環を生んでいました。顧客は、自分たちが望む時間までに見積もりが示されなければ、よその会社に流出してしまいます。一方、セールス部門は、新しい営業活動よりも、見積もりのフォローアップに忙殺されている状況では、成果を挙げることができません」
顧客重視の戦略を日々の業務の中に織り込むことにより、働き手とマネジャーと経営幹部たちが足並みを揃えることが可能になり、究極的には、顧客と会社の両方に恩恵がもたらされたのである。
トップダウン型の指示ではなく、対話を通じて戦略を実行する
戦略を実行するのは、上級幹部ではなく、あくまでもミドルマネジャーと現場の従業員だということもよく覚えておく必要がある。
リーダーが戦略を言い渡しさえすれば、それだけで組織全体に戦略が浸透すると期待してはならない。積極的に組織全体から意見や感想を求めて、組織階層の低い従業員の言葉にもしっかりと耳を傾け、実のある対話に本腰を入れる必要がある。
リーダーから現場の働き手にトップダウンでメッセージを伝えれば、戦略に関する認識が一致したという印象は強まるかもしれないが、真のコンセンサスを強化することはできない。
「従業員に向けて話すのではなく、従業員の話を聞くことが重要でした」と、ソデクソのエネルギー・リソース部門で戦略担当グローバル上級副社長を務めるマーガレット・セーリガーは語った。セーリガー率いるチームは、世界の50カ所以上の施設を訪ねて、現場のチームと直接の対話を行った。
これらの対話を通じて、顧客支援により多くの時間を割くために、
対話に基づいた戦略アプローチがソデクソにどれほど大きな影響をもたらしたかについて、セーリガーはこう述べている。「上級幹部は、結果を数値で評価し、新しい取り組みを考えて全社集会で言い渡すことはできます。けれども、その取り組みを実行するという実際の仕事を担い、顧客のために価値を生み出すのは、現場の人たちなのです」
セーリガーはこうも述べている。「現場の従業員の負担を和らげ、日々の業務に集中して、顧客のために価値を生み出せるようにするには、どうすればよいのか。これが戦略実行の最も重要な要素なのです。そして、それはすべて現場で行われることなのです。上級幹部が取れる行動は二つに一つです。現場の人たちを支援するか、そうでなければじゃまをしないことです」
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全社で戦略をすり合わせるのは、容易なことではない。しかし、戦略に関する社内の認識がイメージほど一致していない場合は、すべての人が認識を共有して、有効に戦略を実行することが極めて難しくなる。
全社で戦略に関する認識を真に一致させたいと考えるのであれば、リーダーには、すべての人たちに顧客価値の向上を強く意識させること、戦略をすべての人の日々の仕事の中に織り込むこと、そして、現場と乖離した場で戦略上の優先課題を決めるのはなく、上級幹部とミドルマネジャー、現場の従業員の協働型の対話を通じてそれを決めることが求められる。
"Is Your Company as Strategically Aligned as You Think It Is?" HBR.org, May 01, 2023.