多くの経営者が「米国は深刻な景気後退に陥らない」と考える理由
Jakub and Jedrzej Krzyszkowski/Stocksy
サマリー:世界の有力企業幹部の圧倒的多数が、向こう12~18カ月の間に、米国経済が景気後退期に突入すると予測している。しかし、その景気後退は短期間で終わり、その程度も軽度に留まると考えられている。いったいなぜ、深刻... もっと見るな景気後退を予測する人が少ないのか。その背景にあるのが、労働市場で続く売り手優位の状況だ。 閉じる

景気後退の一方、労働市場は売り手優位が続く

 企業のCEOたちが米国経済の先行きに関して発しているメッセージは、一貫している。景気後退の足音が近づいてはいるが、労働市場の売り手優位の状況はまだ続く、というものだ。一般的に企業幹部は、現在のような不確実性の高い時期にはコスト削減と人員整理に力を入れるものだが、現状では働き手を確保するための競争が続くと予測している。

 このように、一見すると矛盾しているように見える反応が浮き彫りにしているのは、現在の経済が置かれている複雑な状況だ。米国経済は近年、パンデミックに始まり、インフレの進行や急激な金利上昇、さらには小規模な銀行破綻の危機と、いくつものショックを立て続けに経験してきたが、それでもなお、回復力を失っていないように見える。

 筆者がチーフエコノミストを務めている非営利シンクタンク「コンファレンス・ボード」で発表している「CEO信頼感指数」によると、4四半期連続で、世界の有力企業幹部の圧倒的多数が、向こう12~18カ月の間に米国経済が景気後退期に突入すると予測している。しかし、その景気後退は短期間で終わり、その程度も軽度に留まり、世界経済への波及効果も限定的だと考えている。

 2023年第2四半期の調査では、何と87%のCEOがこのシナリオを予測していた。それに対し、世界経済に影響を及ぼす深刻な景気後退の到来を予測したCEOはわずか6%、景気後退がまったく起きないと予測したCEOは7%だった。

 CEOたちが景気の先行きについて全般的に悲観的な認識を抱いていることは、CEO信頼感指数の値にも表れている。最新の指数の値は43であり、これはパンデミックによる影響が最も深刻だった時期と比べ、少し高い程度にすぎない。

 ちなみに、コンファレンス・ボードのCEO信頼感指数は、CEO団体のザ・ビジネス・カウンシルとの提携により、150人近くのCEOを対象に四半期ごとに実施している調査に基づいている。回答者は、ザ・ビジネス・カウンシルの会員たちだ。この指数の値が50を下回る場合は、肯定的な回答より否定的な回答のほうが多いことを意味する。

 CEOたちはこれまでの調査を通して、FRB(連邦準備制度理事会)がインフレ抑制を目指した措置を打ち出せば、米国経済が短期間の軽度な景気後退に陥るという予測を示してきた。しかし、最新の調査では、CEOたちは景気後退をはっきりと予測しており、実際に銀行危機が続いているにもかかわらず、FRBが積極的に利上げすることを支持しているのだ。

 実際、FRBの金融政策は物価上昇率によって決めるべきだと考えるCEOは、82%に上る。そのほか、金融政策の決定要因として挙げられた項目の割合は、労働市場の逼迫度が49%、金融機関へのストレスと信用収縮の可能性が43%、GDP成長率が28%、連邦政府の債務上限問題をめぐる不透明性が1%となっている。

 現在、消費者物価に関する一般的な指標は、FRBがインフレの基準としている2%を大きく上回っており、インフレの進行を予測する見方がすっかり定着している。このような現状を考えると、CEOたちの考えも理解できる。

 CEOたちは、長引く銀行危機に関して強気の姿勢を崩していない。この危機が本格的な景気後退の引き金を引いたり、それを助長したりする確率は低いと考えている。一連の銀行危機に対して、自社の流動性資産を増やすことで対処しようとしていると回答したCEOはわずか28%で、銀行との関係を変えるつもりだと答えたCEOも17%にすぎなかった。ほとんどのCEOは、大がかりな対策を講じるのではなく、さまざまな形で「関係の検討」を行うに留まっている。62%は銀行との関係を、28%は自社のリスクマネジメントを再検討するとしている。さらに33%は顧客企業の流動性の水準を、30%は納入業者の流動性の水準を再検討するという。

 また、米国経済の見通しが暗い中でも、CEOたちは、労働市場が売り手優位のままであり続けると予測している。この点は、3つの調査結果に表れている。第1に、向こう12カ月の間に働き手の数を減らそうと考えているCEOは20%にすぎない。それに対し、33%は新規採用を継続するだろうと述べており、46%は現状維持の意向だ。

 第2に、CEOの75%は向こう1年間に3パーセントポイント以上の賃上げを予定しており、20%のCEOは同じ期間に1~3パーセントポイントの賃上げを予定している。一方、賃金水準を変更するつもりがないCEO(4%)と、賃金を引き下げたいと考えているCEO(1%)は、合わせても5%にすぎない。

 第3に、質の高い働き手を確保することがまったく困難でないと考えているCEOは9%に留まっている。つまり、91%のCEOは、優秀な人材を確保することがある程度、もしくは非常に難しいと考えているのだ。

 こうした人手不足の状況は、現在の経済情勢と、過去の景気後退期の間の重要な違いといえる。CEOたちが景気後退を「短期間で軽度」と予測している理由もこの点にある。

 一部の業種では労働力需要が減少する可能性が高いにもかかわらず、労働者不足、厳格な移民政策、そして何より労働力の高齢化が進んでいるために、人手不足が深刻化している。25~64歳の働き手はおおむね、コロナ禍が落ち着いて労働市場に戻ってきているが、65歳以上の人たちは続々と労働市場から退出している。その結果として、スキルと経験を持った働き手が足りなくなっているのだ。