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戦略実現に貢献する人事
前回の記事では、人材開発・組織開発は、「ヒト」という資源に働きかけて、企業の戦略実現に貢献するものだ、ということを論じてきました。
──参考記事:なぜいま、企業は「ヒト」に注目するのか(連載第1回)
企業の中で「ヒトを扱う部署」と言えば、「人事」(人事部)ということになるのでしょうが、一般的に、人事の仕事は「戦略実現」という言葉とは対極のイメージで語られることが多いものです。一般に、人事部に対しては、「採用や研修、労務管理などを行う、保守的なオペレーション部隊」といったイメージを持っている人も少なくありません。もちろん、そうした業務も人事の重要な仕事です。しかしながら、経営という観点から見ると、それは人事部に期待する役割の一部でしかありません。
特に近年は、人事に対する役割期待が大きく変わり、人と組織の観点から、現場や経営に対してインパクトを与え、戦略の実現に貢献する「戦略人事」ということが声高に喧伝されるようになってきました。
戦略人事とは、端的に説明すると、「企業の戦略実現に必要な人材を確保して、彼・彼女らに行動してもらい、経営にインパクトを出す」ということです。
前回述べたように、企業には、一般に「誰に、何を、どのような方法で売るか」という戦略があります。しかし、戦略は、掲げられただけでは実現しません。戦略を実現させる人材が必要です。まずは、組織内にいる人材の中から適切な人材を見極め、適所適材で処遇し、その人が活躍できるような環境を整えます。これが「人材開発」です。もしも、組織内に適切な人材が見つけられなければ、組織外から適切な人材を採用し、その人がうまく社内に馴染み、貢献してもらえるような環境づくりをします。これは人事の仕事の中でも「採用」と呼ばれる活動になります。
いずれにしても「企業の戦略実現に必要な人材を確保して、彼・彼女らに行動してもらい、経営にインパクトを出す」ことが「人事の仕事」なのです。
それでは、なぜ、いまになって、「戦略人事」という言葉が喧伝されるのでしょうか。その背景には、いま、多くの日本企業が経営環境の大きな変化に晒され「大変革期」に入っているという状況があります。多くの企業が戦略を見直し、組織を変え、人々に学び直し(変化)を迫っている。ここに、戦略人事が注目される由縁があるのだと思います。
一例がトヨタ自動車です。いま、トヨタは「モビリティカンパニー」への変革に大きく舵を切っています。単に自動車を製造販売する会社ではなく、移動・モビリティという概念を使って、スマートシティなど、社会に様々な価値を提供する会社へと生まれ変わろう、というのがトヨタの成長戦略です。
この戦略実現に必要になってくるのは、ソフトウェア技術者やAI人材など、これまでとは異なる分野の専門家です。しかし、新たな分野の専門家を獲得するとなると、採用プロセスから改める必要があります。そこで2020年、トヨタはこれまで長年行ってきた、特定の大学や大学院の研究室から推薦を受けて新卒社員を採用する「学校推薦」を廃止するとの方針を打ち出しています。また、同社では、これまでのように自社内だけで人材育成、人材の調達を行っていくのではなく、他社とのコラボレーションやコンソーシアム事業を行うなど、積極的に人事交流を図るような動きも見られるようになりました。
こうした試みはまさに、企業の戦略実現に必要な人材を調達することを通して貢献価値を出すことを目指す「戦略人事」の仕事と言えます。
また、ビジネスモデルが大きく変わろうとしている銀行業界でも戦略に合わせて人事施策を行う動きが見られます。
たとえば、三井住友銀行では、効率性の低いリテール(個人向け)業務をITによって効率化していくことで、従来型の店舗を縮小していく方向です。人員の配置を見直し、これまでリテール業務に従事していた人を、より高収益分野の資産運用や相談業務、あるいは、法人営業のほうに振り向けようというわけです。そうなると、店舗でリテール業務に当たっていた人たちには、これまでとは異なる分野の専門知識を身につけてもらう必要があります。これもまた企業戦略を意識して人事の仕事をする「戦略人事」ということになります。