人材開発・組織開発がもたらすプラスのインパクト
それでは、「経営にプラスのインパクトを与える」とは、より具体的にはどういうことでしょうか。
インパクトを与えるといっても、様々なものがありえますが、ここでは、下記の3点で整理をしておくとよいと思います。
(1)人的資源におけるインパクト(Human Resource Impact)
(2)職場へのインパクト(Workplace Impact)
(3)経済的なインパクト(Financial Impact)
まず、第一に掲げられるのは「人的資源におけるインパクト」(Human Resource Impact)です。これは、人と組織にまつわる数値・指標を向上させることを言います。
人事の世界には、離職率・定着率の数値、組織全体で集計されたエンゲージメントの数値など、人事的なKPI(Key Performance Indicator:鍵となる数値)があります。これらのKPIは、間接的には生産性に直結します。たとえば、離職率が高い場合、常に、補充と採用・教育を繰り返すことになりますので、職場の生産性の低下につながってしまいます。
第二に「職場へのインパクト」(Workplace Impact)という意味でのインパクトもあります。これは、職場の状態や労働環境の健全性や効果性を表す数値です。健全性とは、職場やチームの中で、目標をしっかりと共有し、メンバー間のコミュニケーションや役割分担ができている状態のことです。また、効果性とは、組織全体が目標に向かって動いており、お互いに切磋琢磨している状態のことです。
たとえば、職場ごとに集計されたエンゲージメントの数値、ストレスチェックの集団分析結果といったものも、経営にプラスのインパクトをもたらす指標の一つです。
最後に「経済的なインパクト」(Financial Impact)があります。これは端的に言えば、売上・利益などの経営指標です。民間企業の目的の一つには利益を上げることが掲げられますので、大事な指標であることに間違いはないのですが、ただし、これらの指標と人材開発・組織開発の関係については注意が必要です。
多くの研究者の考えでは、人材開発や組織開発の試みが、成果(利益)につながるメカニズムは「直接的」ではない、ということが支持されています。
しかし、人材開発・組織開発は「利益を上げることにつながらない」のかというと、決してそういうわけではありません。人材開発・組織開発にも確かに効果は存在するのですが、その効果は「間接的なメカニズム」を通して実現されるのです。このとき、人材開発・組織開発と成果(利益)の「間」を埋めるものが、「現場の管理職と従業員の行動変容」です。人材開発・組織開発は、まず「現場の管理職と従業員の行動変容」を導き、それらが「戦略」と同期することを通して「間接的」に利益に貢献することができるのです。
これを示したのが以下の図表です。
人材開発・組織開発は、現場の管理職と従業員の「行動変容」を導く手段として必要不可欠です。そして、現場の「行動変容」が「戦略」と同期して、厳しい「市場」を耐え抜き、成果(利益)に貢献するのです。
どれほどよい「戦略」を立てたとしても、最終的には、誰かが、現場で行動し、その「戦略」を「実行」しなくては、成果につなげることはできません。つまり「戦略実行」の担い手が現場には必要です。
誰がその商品を売るのか、誰が顧客へのラストワンマイルを担うのか、というと、そこには必ず「人」が必要となります。従業員が戦略を解釈し、それに同期するかたちで自ら学び、自らの行動を変化させること(管理職と従業員の行動変化)が不可欠なのです。そして、この現場の行動変容を導く「手段」が、人材開発や組織開発にほかなりません。
しかし、こうした学問上の発見事実に対して、巷には「愚問」があふれています。
経営者や役員が、人事担当者を前に「研修をやって、売上が上がるのか」「研修をやって、いくら儲かったんだ。利益を算定しろ」などと詰問する、あの風景です。これは「愚問」です。
前述のとおり、研修をはじめとして、人材開発・組織開発は、成果に対して「直接的なメカニズム」で影響を与えるわけではありません。研修室にこもって研修を行うだけで、それだけで売上が上がるのであれば、「戦略」も「市場」も不要です。皆で研修室にこもって、研修だけをしていればよい、ということになります。
そうではなく、よい戦略がまずあって、その戦略に現場の行動変容が伴うことで、はじめて利益に結びつくのです。このように、人材開発・組織開発は、利益に対して「間接効果」をもらたす手段として必要不可欠です。そして、その間接効果の影響力だけを、それ以外を排除して算定することは不可能です。
人材開発・組織開発コンサルティング:人と組織の「課題解決」入門
[著者]中原 淳
[内容紹介]
人と組織の課題解決のための7つのステップを徹底解説!
■メンバーとの信頼をいかに築くのか
■現場のデータ収集・分析のコツとは
■理想的な対話と決断の場をつくるには
■現場実践の促進と評価のポイントとは
企業の人事・教育担当者から社外コンサルタントまで必読。
人材開発・組織開発に携わるすべての人々のために編まれた「日本初の教科書」です。
<お買い求めはこちらから>
[Amazon.co.jp][紀伊國屋書店][楽天ブックス]