スタートアップは基本的に、コモディティ化が進む基盤モデルで競争するのではなく、他社の基盤モデルを活用した「最上層の」ソフトウェア・アプリケーションを提供して差別化を図るべきだ。これは、顧客ソリューションに特化した独自の高品質なデータセットで基盤モデルを微調整して、顧客に高い価値を提供することによって実現できる。

 マーケティングコンテンツを制作しているジャスパーAIは、オープンAIの基盤モデルを利用してユニコーン企業へと成長を遂げた。現在もオープンAIを使って、顧客がブログやソーシャルメディアへの投稿、ウェブサイトのコピーライティングなどのコンテンツを生成する際の支援をしている。さらに、そのアプリはマーケターやコピーライターといった顧客向けにカスタマイズされて、マーケティングに特化したコンテンツを提供している。

 ジャスパーAIはほかにも、チームのメンバーが協力して作業できるエディターのような専門ツールも提供している。同社の成長は加速しており、今後は、最初の成長を可能にした基盤モデルへの依存を減らすことにリソースを費やす余裕が生まれている。

 最上層のアプリは、これらの企業が競争上の優位性を見出す場所であるため、基盤モデルをテック大手に依存しながら、自社のデータセットのプライバシーをテック大手から保護するという微妙なバランスを取っている。そのため、自社で基盤モデルを構築したくなるスタートアップもいるだろう。

 ただし、前述のような問題を考えると、スタートアップの貴重な資金を有効に使う手段ではなさそうだ。大半のスタートアップにとっては、すでに存在するものを最初からつくる「車輪の再発明」ではなく、基礎モデルを活用して急成長することを選ぶほうが好ましいからだ。

スクリプト化から生成化されたソリューションへ

 企業は、完全にスクリプト化されたソリューションから、完全に生成化されたソリューションまでの幅広い範囲の中に狙いを定めることになる。スクリプト化されたソリューションでは、あらかじめ定義された回答のデータセットから適切なものを選択するのに対し、生成化されたソリューションではゼロから独自の回答を新たに生成する。

 スクリプト化されたソリューションは、比較的安全で制約があるものの、創造的ではなく人間らしさに欠ける。一方で生成化されたソリューションは、リスクが高く制約がないものの、より創造的で人間らしい。医療や教育アプリケーションのように、アプリができることに明確な歯止めが必要なユースケースや業界には、よりスクリプト化されたアプローチが必要だ。

 しかし、スクリプトが事前の想定を超えて限界に達すると、ユーザーのエンゲージメントが失われ、顧客維持が困難になりかねない。さらに、スクリプト化されたソリューションほど成長させることが難しい。最初から自分自身を制約していて、将来の選択肢を制限してしまうからだ。

 一方、生成化されたソリューションにも、それなりの課題がある。AIベースの製品にはインテリジェンスが含まれているため、消費者とのやり取りにおける自由度が上がることで、そのリスクが高まるのだ。

 ある既婚の父親が、AIチャットボットアプリ「Chai」(チャイ)との会話で、地球を救うためにみずからを犠牲にするようにすすめられ、悲劇的な自殺を遂げた。このアプリは、エレウテールAIの基礎言語モデル(GPT-4の特注バージョン)を用いていた。チャイの共同創業者らはその後アプリを修正し、希死念慮への言及があった際、その防止をサポートするテキストを提供した。興味深いことに、共同創業者の一人トーマス・ライアンランは責任を認めて次のように語っている。

「今回の悲劇について、エレウテールAI の(基礎)モデルを責めるのは正しくありません。チャイをより感情的で、楽しく、魅力的にするための最適化は、すべて我々の努力によるものだからです」

 基礎となるAIが 「ブラックボックス」同然であることを考えると、高度に生成化されたアプリケーションで起きるすべての問題について、管理者が予測することは困難だ。予測のためには、ほとんど起こりそうにないリスクの高いシナリオも含める必要がある。

 そうしたケースを予測する方法の一つは、人間のアノテーターを配置して、セックス、ヘイトスピーチ、暴力、自傷行為、ハラスメントなど、潜在的に有害なカテゴリのコンテンツを選別することだ。そして、これらのラベルデータを使って、AIモデルがこうしたコンテンツに対して自動的にフラグを立てる(データに目印をつける)ように訓練するのである。

 ただし、網羅的な分類法を生み出すことは、いまだに難しい。したがって、高度に生成化されたソリューションを導入する際は、リスクを事前に予測する準備をしなければならないが、それもまた困難でコストがかかる。そのソリューションをサービスとして他社に提供することになった場合も、同様の問題に対処しなければならない。

 完全に生成化されたソリューションは、より自然で、人間のようなインテリジェンスに近く、より多くの新しいユースケースに適用できるため、顧客維持と成長の観点からもより魅力的だ。

*   *   *

 多くの起業家は、最新の生成AI技術を活用した事業の立ち上げを検討しているが、まず、次の点を考えなければならない。それは「自分にはコモディティ化しつつある基盤モデルで競争するために必要なものがあるか」、あるいは「これらのモデルを活用したアプリケーションで差別化を図るべきか」である。

 さらに、高度にスクリプト化されたソリューションから、高度に生成化されたソリューションまでの幅広い範囲の中で、それぞれに異なる長所と短所を考慮し、どのような種類のアプリを提供したいのかを検討する。スクリプト化されたソリューションを提供することは、より安全かもしれないが、顧客維持と成長の選択肢を制限する。一方で、生成化されたソリューションを提供することは、リスクが高いものの、より魅力的で柔軟である。

 起業家は生成AI事業の起業に挑む前に、これらの点を自問してほしい。そうすれば、どのような企業を目指すか、どのように迅速に規模を拡大しながら、持続的な競争優位性を維持できるのかについて、十分な情報に基づき判断が下せるだろう。


"Should You Start a Generative AI Company?" HBR.org, June 19, 2023.