スタートアップのメンタリティ
大胆さと同様に、AIで成功するために重要な要因は、自社の歴史や規模に関係なくスタートアップ企業のメンタリティを取り入れることである。スタートアップは市場を広く見渡し、顧客が現在求めているものに向けて機敏に方向転換するのが得意だ。
大企業はそれらのチャンスに振り向けるリソースを持っているが、概して動きが非常に遅く、多くの障壁(および大胆さの欠如)を伴うため、スタートアップのほうが市場へのサービス・製品の投入は早い。
チャットGPTでグーグルを打ち負かしたオープンAIは、両方の長所を兼ね備えていた。躊躇しないスタートアップのメンタリティと、マイクロソフトやその他の投資機関から供給される潤沢なリソースだ。
スタートアップのマインドセットで重要なのは、勇気と柔軟性だけではない。大きな成果に対する強烈なコミットメントも求められる。それは、大きな試練に立ち向かうヒーローの旅のようなものだ。予測可能な形で優れた製品を大規模に量産するよりも──それも大いに価値のある目標ではあるが──スタートアップは何か特別なものを生み出したいのだ。
ゆえに、周りを見渡し、柔軟に他者と組むことを重視する。やるべきことを成し遂げるために、自社がどれほど歴史があり尊敬されていても、既存の体制や先入観に囚われずに取り組む。
eコマースの巨人アマゾン・ドットコムは、AIの導入に際してスタートアップのメンタリティを発揮した。10年以上前にこの技術が発展し始めた時、同社はウェブへの新たなインターフェースとして「スマートスピーカー」なるものの開発にチャンスを見出した。アマゾンはAIの専門技術を持っていなかったが、雇用、買収、社内開発を通じて必要なものを獲得していった。
その結果生まれたスピーカーのエコーとデジタルアシスタントのアレクサは、品物の追加注文を手伝うだけでなく、はるかに多くのことを実現した。多くの分野で、付加価値(および雇用)を生むための新たな道を開いたのである。
アマゾンはアレクサの開発以降もAIに積極的に投資し、CEOのアンディ・ジャシーは、この技術について「実質的にあらゆる顧客体験を変革し向上させる」見込みがあると述べている。
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企業はこれらの差別化要因を一夜にして取り入れることはできない。だが、新たな可能性に対して真剣に取り組むことを目指し、動き出すことはできる。
これらの要因のほとんどは、自分自身のキャリアにおいてパーパスと成果を追求している個人のレベルでも有効だ。大胆さを重視し、スタートアップのメンタリティやその他の必須要因を取り入れることは個々人にもできる。企業と同じように従業員も、必要なスキルと経験を身につけるという形でAIへの積極投資ができる。それにより、単にキャリアを守るだけでなく、より高いレベルで付加価値を提供することができるようになる。
企業の営みの大部分において、信頼できる製品を低コストで量産することが当然のように重視されてきた。大量失業を防ぐためにいま求められるのは、多くの企業がこの規律から脱却し、AIの未来の到来を早めることである。ほとんどの企業が安全策を取り、無難な投資を行い、短期的には順調に運営できてしまうことが、大きな脅威なのだ。
人類が革新を恐れれば繁栄しない。最初の人類がもし火を恐れていたら、と想像してみよう。火傷を負うこともあっただろうが、火の力を利用しなければ、人は絶滅していたかもしれない。
AIも同じではないだろうか。恐れるのではなく、その力を利用すべきだ。より高い水準で生きていけるよう、すべての人間の手にAIを行き渡らせる必要がある。
"Companies That Replace People with AI Will Get Left Behind," HBR.org, June 23, 2023.