AIで攻めに出る

 AIによるイノベーションを目指す積極的な企業はすでに見られる。再利用が可能なロケットと電気自動車の先駆者であるイーロン・マスクはいまや、AIの分野でツイッター(現在はX)をマイクロソフトやグーグルと肩を並べるリーダー企業にすると約束している。だがマスクは異端児であり、ツイッターをめぐる是非についてはまだ結論が出ていない。

 では企業にとって、AIで攻めに出るとはどういう意味なのか。

 この問いに答えるために、現在私たちが目にしているような、変化に巧みに対応できる企業には、どのような特性があるのかを見てみよう。筆者の一人(タブリージ)は、2006~2022年にかけての充実したデータをもとに、大手企業26社を分析するために、研究者らのチームを編成した。チームは比較データと各社のケーススタディをもとに、これらの企業を長期的なアジリティ(敏捷性)とイノベーションの指標で高、中、低のグループに分類した。

 アジャイルでイノベーティブな企業と、中程度または守勢に留まっていた企業が異なる点は何か。チームは差別化要因を、アジャイルなイノベーションを行うための8つの要因に絞り込んだ。

 パーパス、顧客の欲求に強く寄り添う姿勢、同僚に及ぼすピグマリオン型(期待されることでそれに応える)の影響、スケールアップ後も維持されるスタートアップのマインドセット、大胆さを志向する姿勢、徹底的なコラボレーション、テンポをコントロールする準備態勢、二元的な運営である。

 ほとんどのリーダーはこれらの特性を称えるが、大組織がこのいずれかを長期的に維持するのは極めて難しいことが判明している。

 マイクロソフトが階層の見直しと、オープンAIなどとのパートナーシップの追求を通じてリーダー企業になるための攻めに出た経緯については、筆者タブリージが別の記事で書いている。ほかの企業も、これらを要因とし、その結果として、AIで同様のことを実行している。

 本稿では、最も重要な要因のうちの2つ──大胆さを志向する姿勢と、スタートアップのメンタリティに注目してみる。これらの要因を備えることで、組織全体が変革を迫られるため、企業はアジャイルなイノベーションに向けて大きく前進することができる。

大胆さを志向する姿勢

 近い将来、AIに投資する企業は、そこから儲けを得るだろう。しかし、単なる投資では漸進的な利益しか生まれない可能性が高い。特にコスト削減に関しては、数字上はよく見えるかもしれない。だがそれでは、大きな価値の創出や、防衛可能なニッチ市場の創出によって大規模な利益を獲得するチャンスを逃してしまう。慎重な投資は、長期的に自社を競争から守ることにならず、私たちが直面しているマクロ経済の課題の解決にも当然ながら寄与しない。

 これは、新しいテクノロジーには必ずついて回る問題だ。慎重に進めることは可能であり、おそらくそれでも順調にいくだろう。大企業はリスクを嫌うため、十分にオイルを差した機械で、信頼できる製品を低コストで量産するような経営を行う。また、多くの大企業がスタートアップを買収してイノベーションを外部調達するのも同じ理由からであり、このやり方でも消極的な改善にしかつながらない場合がしばしばある。

 成功している企業はすべて、規模が大きい企業は特に、リスクと大胆な行動を最小限に抑えたがる。だが『立て直す力』の著者ブレネー・ブラウンが指摘するように、「勇気を選ぶことも、快適さを選ぶこともできる。しかし両方を選ぶことはできない」のだ。

 大胆さは企業の常套句と化しており、リーダーが口にすることがあまりに多い。だがAIに関しては、企業はこの言葉を本気で口にしなくてはならない。つまり、リスクを最小化するのではなく、受け入れるのだ。

 例として、アドビのフォトショップは、写真デザインの市場で長きにわたり最大のシェアを占めている。生成AIの登場に際し、アドビは安全策を取って限定的な導入に留めつつ、この技術の成り行きを見守ることもできたはずだ。コダックはデジタル写真に、モトローラはデジタル電話に対してそのようにした。

 だがアドビはそうではなく、生成AIをフォトショップに深く取り入れ、一般的なユーザーは以前には不可能だったさまざまな動画を作成できるようになった。同社はAIを脅威、またはじゃまなものと見なし、AIなしでフォトショップを改善し続けることもできたはずだ。しかし同社のリーダーは、ユーザーにできることを底上げするためにAIに積極投資をする勇気があった。

 テクノロジーのより深い部分に目を向ければ、半導体メーカーのエヌビディアは、AI向けの最先端の半導体チップを提供していることが大きく報じられている。部外者から見れば、適切なタイミングで適切な技術を扱っていた幸運な会社にすぎないと思えるかもしれない。

 だが、エヌビディアの現在の成功は偶然ではない。過去10年の間、カスタマイズ型のチップとソフトウェアの開発なども含め、AIの専門技術の獲得と開発を積極的に行ってきたのだ。この積極性は今後も続き、より付加価値の高い製品・サービスの提供を可能にするだけでなく、単純なコスト削減よりも効果的なAIの使い方を後押しするものと期待できる。

 大胆さは常に奏功するわけではない。しかし、企業内の階層に深く根付いたリスク回避志向を打破するためには、大胆さを志向する姿勢は不可欠である。