
AIはプロスポーツの仕組みを変える
2023年3月15日、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の新シーズンが開幕した。それはフリーエージェント期間の始まりでもある。前チームとの契約が終了した選手と交渉をして契約をする。ここで各チームは予算のうち数百万ドルを費やすことになる。
したがって、新しい戦力を適切に獲得することが極めて重要である。どのビジネスにおいてもそうであるように、NFLのエグゼクティブもそのほかのプロスポーツチームのリーダーも、限られた予算をどのように配分するのが最善かを判断することになる。資産(ここでは選手)から得られるROI(投資利益率)について、予測されるフィールド内外でのパフォーマンスや将来のけが、そのほかの要因の情報に基づいて賭けをするのだ。
しかし、ある選手がキャリアの中であと何試合できるか、次のシーズンで何得点を挙げそうか、近い将来に大きなけがをする可能性はあるかといったことをAI(人工知能)が教えてくれるとしたらどうだろうか。
フリーエージェントをはじめとする新規獲得のシステムは、何十年も前から続いているが、選手に関する判断の方法は急速に変化している。特に、AIベースのテクノロジーを膨大な量のスポーツデータに適用することで、どの選手を獲得するか、育成するか、控えにするか、トレードするかといったフロントオフィスの判断能力は強化されている。AIはプロスポーツの仕組みを恒久的に変えるだろう。
では近い将来、AIはスポーツチームのフロントオフィスに取って代わるのだろうか。
この新しいテクノロジーが人間の意思決定を補強することは間違いないが、スポーツであれ、そのほかのビジネスであれ、AIが近い将来、ゼネラルマネジメントチームに取って代わるとは、筆者らは考えていない。
画期的な予測力
スポーツに焦点を当てたAIベースのサービスは多数あり、ますます増えている。その中には、アスリートのけがや選手生命の予測について、チームの意思決定者を支援するものもある。特定の期間内におけるけがの可能性がわかれば、選手の獲得に大きな影響が及ぶ。当然ながら、チームは長期間けがをしないと予測される選手を求める。スポーツ業界のエグゼクティブは、フィールド上でプレーした時間や量など、ケガに通じる要因について、経験による直観を持っているものだ。だが、直観による予測は当たることもあるが、外れることも多い。
いまや変化したのは、AIによってこれまでの常識の裏付けができるという点だ。たとえばNFLでは、足の速さが求められるポジションであり、試合ではパスキャッチのスペシャリストとしての役割を担うワイドレシーバーは、30歳を超えると、けがやそのほかの問題を抱えやすくなると言われてきた。しかしAIは、けがやパフォーマンス低下の可能性を、さらに具体的な数値で割り出すことができる。その予測値は選手の生産性やチームにとってのコストを意味する。
プロビリティAIという企業は、どの選手が来シーズン、欠場しそうかを96%の精度で予測できるという。こうした予測を活用すれば、エグゼクティブは「これはおそらく、重要な要素だと思う」から、「これは重要な要素だとわかっている。だから、これまでにない確信を持って、その影響やコストを推測できる」という姿勢で判断ができる。
AIから生み出された知見は、既存の知見や直感に基づく知見のはるか上を行く。たとえばプロビリティAIでは、特定のNFLチームのデータや公的・私的なデータソースによって、けがの予測モデルをトレーニングした。それによって、ある選手がどの大学に行き、どのヘッドコーチとアシスタントコーチのコンビの下でプレーしたか、その結果としてどの程度の練習と負荷量が生じたかなどの要因の影響を把握することができた。まだまだ初期段階の知見で、さらなる研究を必要とするものの、深い予測分析がAIに可能であることを示している。
結果として、今日のゼネラルマネジャーは、全般的に最も優れたワイドレシーバーを追いかける代わりに、将来のけがとパフォーマンスに関するAI予測に基づいて、チームにとって最適なワイドレシーバーを発見することができる。一般的に選手は、コーチやフィールドのコンディション、チームメートが変われば、予測されるキャリアの期間やパフォーマンスの結果も変わる。そのため、選手の市場価値がどのチームでプレーするかによって変化するという、裁定取引のような状況が生じている。
多数のNFLチームがプロビリティAIやほかのソースによるAIテクノロジーを活用している。そうしなければAIを備えたほかのチームよりも不利な状況になる、という正当な理由があってのことだ。当然ながら、こうしたモデルはサッカーやバスケットボールなど、ほかのスポーツでも価値を生み出すために活用されているし、業界を問わず利用されている。情報に基づいて決定し、生産性を高め、顧客によりよいサービスを提供することで事業活動を強化するためである。