取って代わるのではなく補強する

 では、AIが選手のけがやトレードのタイミング、そのほかスポーツのすべての重要な側面について予測能力を獲得したら、フロントオフィスに取って代わる存在となるのだろうか。

 一言で言えば、ノーだ。当面、AIは人間の意思決定を補強するものと考えるのがよい。AIはエグゼクティブに成り代わるのではなく、エグゼクティブがよりよい決定を下すための手助けをする。特に、直観に頼る選手の獲得や「以前うまくいった」ことを踏襲しがちな、ヒューマンエラーや先入観が入り込みやすい領域で役立つはずだ。

 過去20年間の「マネー・ボール」方式(メジャーリーグの弱小チームだったオークランド・アスレチックスの強化を題材にしたノンフィクションの題名に由来)は、選手に関する統計をそれまでより格段に厳密かつ体系的に活用したが、AIはディープラーニングによって、選手のパフォーマンスについて、さらに優れた予測をする。

 すべての現役選手の生産性について正確な予測ができれば、意思決定は次の3つの面で大幅に向上する。

・リスクマネジメント:ある生産性の高いワイドレシーバーがけがをする可能性が高いならば、チームは才能のある控えの選手にさらに投資することによって、そのワイドレシーバーがけがで離脱する間もチームのパフォーマンスの低下を最小限に抑えることができる。

・トレーニングと的を絞った介入:ある選手がけがをしやすいとAIが指摘したならば、チームはその選手に的を絞り、カスタマイズされたトレーニングや栄養補給など、けがをしにくくする措置を実施できる。あるいは、その選手の負荷量を減らすことによっても、リスクを低減できる。

・人事の決断:けがなどによる離脱を予測する要因を発見したら、チームは、シーズン中の生産性がより高い選手をドラフトで指名したり、トレードしたり、獲得したりするという手が打てる。さらに、けがをする可能性が高そうな選手をトレードに出すという選択もある。

 賢明なエグゼクティブは、けがの予測を財務の意思決定にも取り入れる。AIは選手の生産性の予測を生成するだけではなく、その予測を財務の意思決定エンジンに入力できるので、チームリーダーは、1ドル当たりの生産性の期待値について、詳細な指標をつくることができる。たとえば、1年のうち50%の試合でしかプレーできないと予測されたランニングバックは、機能上は、毎試合プレーできる同じ年俸の選手より2倍高いことになる。また、成果ごと(獲得したヤード数、タックル数、得点数など)に支払われる金額を考慮すると、チームは最も効率的に資金を配分し、1ドル当たりの生産性を最適化することができる。

 それでも、テクノロジーさえあれば事足りるというわけではない。ソフトウェアは選手のエンジンやリソース配分を分析できるが、最終的にはエグゼクティブの判断とリスク許容度が、避けがたいトレードオフの中からの選択と決断を導く。これについては、後ほど詳しく述べる。

 だがやはり、AIはプロスポーツに絶対的で画期的な変化をもたらしている。ビッグデータとかつてない予測力によって、総合的システムのエンジンを強化し、手軽なものはもとより、統計に基づいた意思決定までもが、AIベースの意思決定に代わられつつある。

 AIが生成した、より優れた予測が、あらゆるビジネスに大きな効果をもたらすことは目に見えている。上述のスポーツの例に近いものとしては、建設のような労働集約型産業において、いつ労働者のパフォーマンスが落ちるかを予測することや、製造工場や精錬所に電力を供給する大型設備が、いつ誤作動を起こしたり故障したりするかを予測し、大きな損害につながる事故が起きる前に予防策を取ることなどが挙げられるだろう。このアプローチは、経年劣化するリソースを伴うすべてのビジネスに適用できる。

 さらに範囲を広げると、衣類からトウモロコシまであらゆるものについてAIで需要を予測できれば、ビジネスリーダーはサプライチェーンやそのほかの領域を含めて、より的確に生産についての判断ができる。競争の予測をするAIベースのアルゴリズムも出てきており、例を挙げればきりがない。AIはすでにセクターを問わず、さまざまな形で応用されている。2022年にAI関連のスタートアップ企業が合わせて約14億ドルの資金を調達したのも納得がいくだろう。

境界線を越えない

 もちろん、予測AIの活用には限界があり、人間に取って代わるのではなく補強する存在であるという論点はさらにはっきりしてくる。

 NFL選手のけがの予測を例に取ろう。新しいテクノロジーは獲得やトレード、ある選手に支払う金額を判断する際の指針を提供するが、コーチらは、チーム全体の力学を戦略的に考えなければならない。AIはけがをしやすいランニングバックの代わりに、あるプロフィールの選手を導入すべきと示唆するかもしれない。だが、そのようにして新しく獲得した選手をいかにしてチームに馴染ませるかを考えるのは、エグゼクティブの仕事である。

 結局のところ、全体的なリスクはその選手と周囲の選手の相互作用へと広がる。だが、これについても、AIはチームの全体像とその意味を理解するという点において精度を高めている。まずは、一度に出場できる選手が各チーム6名までに限られるアイスホッケーなど、スターティングメンバーの規模が小さいスポーツから取り組んでいる。

 さらに、AIベースのサービスが提供するのは決定的な「答え」ではなく、ある範囲内において信頼できる予測であることを理解する必要がある。テクノロジーが向上するにつれて信頼の範囲は狭まるが、予測には常にある程度の緩さがつきまとうので、やはり、人間の判断が不可欠なのだ。

 最終的に、AIがスポーツに画期的な変化をもたらすことは間違いない。AIはフロントオフィスとコーチにかつてない予測力を提供し、ますます多様な領域で、パフォーマンスと利益に大きく影響する決断を可能にする。また、AIは選手にキャリアを延ばすための知見を与え、より多くの選手がプレーし続けられるようになり、ファンを喜ばせるだろう。

 だが、いずれも補強するというレベルの話である。リーダーは新しいテクノロジーを使って、経験的な直観を情報によって裏づけたうえで、最善の戦略的決断を行い、フィールドとバランスシートの上で起きることに説明責任を持たなければならないのである。


"Will AI Replace the Front Office in Pro Sports?" HBR.org, June 16, 2023.