針に糸を通す

 皮肉な話だが、インスタグラムの既存ユーザーがスレッズへ容易に参加できることによって、持ち運び可能なソーシャルメディアIDの重要性が浮き彫りになり、プロトコルベースのソーシャルメディアを構築するヒントを与えてくれる。同時に、ツイッターのフォロワーをスレッズ上であらためて集めることの難しさも明らかになり、そこに至る道のりの遠さを物語っている。

 加えて、以前から存在していた他のツイッターの競合と比べて、スレッズが急成長している状況から、ソーシャルメディア空間では今後も、メタのような巨大プラットフォーム企業が優位であり続けることもわかる。

 スレッズのニュースは重要だが、まだスタートしたばかりであり、少なくとも現時点ではメタの管理下にあるクローズドなエコシステムの一部だ。また、フェイスブックやインスタグラム、ツイッターなどのプラットフォームと比べれば、分散型ソーシャルメディアプロトコルのユーザーベースはごく少数でしかない。

 それでも、もし今後その勢いが増せば、既存のソーシャルメディアアプリケーション以上に、私たちの生活に浸透する可能性がある。統一されたデジタルIDがあれば、分散型のプロトコルがより広範なエコシステムにつながりやすくなる。また、オープンプロトコルのソーシャルメディアの存在は、新たなアプリや、ユーザーのニーズに合った多様な技術を試すよう、開発者の背中を押してくれるだろう。

 ここで起こりうる最大の変化は、ゲームのルールが変化することである。現時点では、各プラットフォームはユーザーに「ここを離れたら何かを失う」と感じさせることで優位性を保っている。だが、オープンソースソフトウェアと同様、オープンプロトコルのソーシャルメディアの世界でも、市場を支配できるプレーヤーとは、最も効果的にユーザーを誘い込めるプラットフォームではなく、さまざまなアプリに最も組み込まれ、最も使えるプロトコルだ。そうした協調の産物は、消費者やクリエイター、開発者に多大な価値をもたらしてくれる。そして、多くのユーザーに普及すれば、その暁には急成長を遂げる可能性を秘めている。

 同時に、そうしたプロトロルが広く普及するためには、乗り越えるべきハードルも多い。ソーシャルメディアに足を踏み入れる際の一般的な障壁(ソーシャルメディア上での人間関係やコンテンツネットワークを再構築する必要性など)に加え、ユーザーの教育という課題もある。

 メインストリームのソーシャルメディアユーザーは、プラットフォームを土台とする既存の状況に慣れきっており、プロトコルベースのアプローチや、現在のソーシャルメディアプロトコルの多くが基盤としているブロックチェーン技術の利点を活用することに慣れていない。

 スレッズの登場は、十分な理由とチャンスが用意されれば、ユーザーが新たなソーシャルメディア環境でアイデンティティを確立できることを証明している。また、中央集権的なソーシャルメディアプラットフォーム運営者へのユーザーの不満が一因となり、自身のデータや経験をより直接的に管理できるソーシャルメディアアプリの需要が高まっていることもうかがえる。

 皮肉なことに、もしもスレッズがユーザーのIDやソーシャルグラフを他のプラットフォームにエクスポートおよび転送できる機能を備えるという約束を実行に移せば、分散型ソーシャルメディアの普及に向けた大きなターニングポイントになるかもしれない。ただし、既存のソーシャルメディアプラットフォームと同じく、普及の最大の原動力は優れたアプリの存在だ。フェイスブックであればフルネットワークのソーシャルコネクション、ツイッターであればリアルタイムのニュースメディアがそれに当たる。

 ソーシャルメディアプロトコルにおいて、最も価値の高いアプリケーションは、プロトコル間の相互運用性を活かしたものとなる可能性が高い。たとえば、クリエイターがさまざまなコンテンツフォーマットを試したうえで、関連する素材を異なるクライアント間でシンジケートしたり、リンクしたりできるようなアプリケーションである。

 いずれにせよ、複数のクライアントが同じプロトコルにフィードすることで、ネットワークのフィードバックのループは高速化する。ひとたびプロトコルベースのソーシャルメディア環境に参加すれば、エコシステム全体で使用できるアイデンティティをすぐに手に入れられるのである。

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 オープンプロトコルを活用したソーシャルメディアの未来は、よりポータブルなデジタルIDと、多様なユーザー層に対応する多くの競合アプリケーションを生み出すはずだ。

 その中で勝ち残るのは、乗り換えに伴うコストがなく、多くのユーザーが自由に移動を選べるアプリケーションだろう。この条件は、アプリケーションにとってのハードルを引き上げると同時に、多くのアプリケーションが並行して成功できる環境──ユーザーが異なるアプリケーション間で統一されたアイデンティティと評価を維持できる環境──をつくり出してくれる。そうなれば、人々がますます多くの時間を費やすであろうインターネットの世界に、よりオープンで透明性の高いソーシャルメディアの風景が広がる可能性がある。

 その日が来るまでは、ツイッターやスレッズ、そしてファーキャスターでお会いしましょう。

謝辞:キャメロン・アームストロング、シャイ・バーンスタイン、ソナル・チョクシ、ジャド・・エスバー、ケリー・ハーマン、マイルズ・ジェニングズ、スティーブ・カチンスキ、エディ・ラザリン、ダス・ナラヤンダス、ティム・サリバン、メリー・サン、スコット・ウォーカー、そして特にクリス・ディクソンとスリラム・クリシュナンの有益な対話とコメントに感謝したい。

情報開示:
コミナーズはベンチャーキャピタルファンド「a16zクリプト」のリサーチ・パートナーであり、同社はコンプライアンスのために本記事の草稿を公開前にレビューした。a16zはツイッターの他、いくつかの分散型ソーシャルメディア・プラットフォームに投資している(a16zの一般的な開示情報はこちら)。さらに、コミナーズとウーはさまざまな暗号資産を保有し、暗号およびウェブ3のプロジェクトに助言を提供している。また、中央集権型および分散型ソーシャルメディア・プラットフォームの双方を定期的に利用している。


"Threads Foreshadows a Big - and Surprising - Shift in Social Media," HBR.org, July 13, 2023.