認めるべきところをきちんと認める

 人は注目され、評価されることを好む。評価に値する人がきちんと評価されることで、組織に熱意、努力、信頼、忠誠心が生まれる。筆者は、何年も前に上司から受け取った感謝のカードが忘れらない。それ以来、自分のチームにも感謝のカードを綴る習慣を身につけ、感謝の気持ちを伝え続けている。

 感謝の実践は、自身の創造性をも掻き立てる。相手とのやり取りを後に振り返ることによって、その人と新たな機会を設けることや会話を続ける方法が閃くこともよくある。そうしたアイデアが浮かぶまで、落ち着いて考えることもしやすくなる。

 認めるべきことを認めることは、あなたが率いる人々にとっても、あなたの仲間にとっても強い影響力を与える。筆者はある執行委員会の委員を務めており、グループの誰か(権威ある賞を受賞した科学者や、新しい安全基準を満たした製造担当者など)が表彰されるたびに、その情報をグループのメンバーに広めている。なぜなら、一緒に働いている人たちを尊敬しており、彼らの表彰が素直に嬉しいからだ。同時に、称賛している筆者の印象もよくなるはずだと信じている。筆者が人に感謝できるほど成熟しており、自信もあると伝わるのである。

 こうしたやり方は、現代の企業において一般的でない。自分の手柄を主張することが主流であるためだ。謙虚を装った自慢もそのひとつで、たとえば、「重要なプロジェクトを進めるために何日も深夜まで働いて辛かった」と嘆くことがそうだ。聞き手に訴えているのは、そのプロジェクトがいかに重要で、自分の役割がどれほど大きかったのかということにすぎない。

 あるいは、大きな昇進を果たした人が、それがいかに恵まれていることか、あるいはそれに恐縮しているかをソーシャルメディアに投稿する場合もある。こうした自慢話はきりがなく、うんざりさせられる。自分の手柄を主張せずにいられないということは、結局のところ破壊的で逆効果なのだ。

 誰かにアイデアや仕事の手柄を横取りされると、自分のことだと主張したい衝動が特に強くなる。だが、その記録を訂正しようと踏み込む前に、もう一度考えてみよう。周囲の人々はよく見ており、その仕事を誰がしているのかをわかっているほうが多い。あわてて「私がやっています」と声を上げるより、むしろ黙っているほうが、あなたが自分に自信を持っていることを明確に語ることになり、相手とのつながりを閉ざさずにいられるのだ。

 パンデミックの最中に、筆者とその上司は、ほかの大手製薬会社とともに、「ワクチン開発競争において手抜きをせず、高い安全基準を遵守する」という誓約を交わすことを発案した。だが、2022年の会議で、ある大手製薬会社の担当者がそれを自分の手柄だと主張するのを聞き、唖然とした。両手を握りしめながら話に割り込んで、怒りに身を任せて訂正を求めようかという感情が一瞬、よぎった。

 だが、そうはしなかった。筆者が自分の正当な手柄を主張したら、人前で誰かを困らせることになり、全員が素晴らしい協力者であるという関係性に疑念を抱かせてしまいかねない。そんなことになれば、筆者のほうが悪者になっただろう。黙っていれば、少なくとも痛手をこうむることはないと考えたのだ。

 もちろん、自分の率いるチームがストレッチ目標を達成した時や、会社の評判がかかっている時など、名乗り出て称賛を受けるべき状況もある(その場合は「私たち」を主語に語ろう)。しかし結局のところ、他人を称賛することは、自分が称賛されるよりも、あなたに強い影響力を与えうるのだ。

話を明確にして相手に余裕を与える

 どのような会話でも、相手の不意を突いて驚かせてはならない。無害なちょっとした質問であれ、深刻な悪い知らせであれ、必ず「いま、いいですか」と確認してから、あなたが話したいことを伝える。これにより、突然の知らせや厳しい情報を伝える必要がある時も、相手に心の準備をする時間を与えられる。また、相手の返答に関心があることも明確に示せ、相手を落ち着かせることもできる。相手は何を言われるのかわからない状態から、現在の状況を理解しようとする状態になるだろう。それがあなたの長い話を聞く「道しるべ」となるのだ。

 これは同僚に声をかけて、「いまから秋のキャンペーンについて話し合えますか」と確認するのと同じくらいシンプルなやり方だ(以前の筆者のように、変な時間に突然ビデオ通話をするよりましだ)。知らせ方によってはさまざまな受け取り方ができてしまうため、こうした声かけが相手に感情的な背景情報を与えることになる。

 大きな問題には、もう少し準備が必要だろう。先々週、筆者は上司に重要な話をしなければならなかった。そこで「オフサイト中に数分でかまわないので、私のチームに関連するこの問題について話せる時間をつくってもらえると幸いです」と伝え、その内容がわかるようにスライドを数枚送った。すると上司は、2分ではなく15分の時間を割いてくれた。

 いつも準備する時間があるとは限らないが、相手に余裕を与える方法はほかにもある。たとえば、会話の中で何かに抗議したり、悪い知らせを伝えたりする必要が急に生じたら「いったん中断しましょう」と言う。そうすると、相手に余裕が生まれる。ただし、集団の場合は、打ち合わせが終わるまで待ってから声かけするほうがよい。たとえば、攻撃的なことを言った人には「あの発言の影響に気づいていないのかもしれませんが」と、話し合いを始めよう。公の場で人に恥ずかしい思いをさせるのは好ましくないが、内々に伝えて気づかせるのは優れた考え方だ。

 どのような戦術を選ぶにせよ、会話の途中で相手に負担をかけないようにすることだ。つまり、自分ではなく相手に意識を向け続けることだ。簡単ではないだろうが、現代のように分極化し、かつ時代の変化が速い世界において、こうした考えがあなたの人間関係とリーダーシップ、そしてあなた自身の幸福に大きな恩恵をもたらすのである。


"The Simple Power of Communicating with Kindness," HBR.org, July 12, 2023.