なぜ経営者は自社に「不平等は存在しない」と思い込むのか
HBR Staff/Per Winbladh/Getty Images
サマリー:経営者がダイバーシティへの取り組みに抵抗することは多い。その理由は、組織の権力者である彼ら自身が、内部の不平等を認めず現実から目を背ける傾向があるためだ。たとえば、セールスフォースのCEOであるマーク・... もっと見るベニオフが自社の賃金格差問題の存在を否定する見解を示したケースがある。このような姿勢を取る経営者は多く、彼らは自社に不平等は存在しないと主張する。本稿では、こうした問題が起こる原因を解き明かし、組織が問題を克服するためにいかに取り組むべきかを論じる。 閉じる

経営者がダイバーシティの取り組みに抵抗する理由

 社会的な不平等を是正し、すべての従業員が平等に扱われるようにするためのダイバーシティ(多様性)関連の取り組みが実を結ぶか──。これは、組織の構造上、権力を持つ人たち、つまり経営者の支持を得られるかどうかにかかっている。しかし、ダイバーシティ向上のための取り組み一般を支持する経営者でも、みずからの組織内に不平等の問題が存在することを認めようとせず、ダイバーシティ関連の取り組みを拒絶するケースが少なくない。

 セールスフォースのCEO、マーク・ベニオフが取った態度はその典型だ。以前、同社の女性幹部2人が、自社に男女間の賃金格差が存在すると、ベニオフに訴えたことがあった。ベニオフはその時、自分が示した反応について、のちにCBSテレビの報道番組『60ミニッツ』でレスリー・スタールのインタビューに次のように答えている。

ベニオフ:「うちの会社では、そんなことはありえない」と、その時私は答えました。そう、ありえないことだと思ったのです。
スタール:なぜ、ありえないと思ったのですか。
ベニオフ:私たちの会社は、素晴らしい文化を持っているからです。私たちの会社は「最高の職場」と呼ばれています。それに、我が社では、その類いのことはしないのです。インチキな給料決定を行って、社員の給料の金額を不平等に決めることなどしない。そんな話は聞いたことがありませんでした。そんなことは、常軌を逸していると思ったのです。

 このように現実から目を背ける経営者は、ベニオフだけではない。ネットフリックスのインクルージョン(包摂)担当ディレクターを務めているミシェル・キングは2020年、72人の企業上級幹部を対象に、男女間の賃金格差について尋ねた。すると、男性も女性も含めて、回答者の過半数は、自分の会社ではすべての従業員が「等しい機会と職場体験、キャリアパス」を得ていると回答したという。

 企業がダイバーシティ関連の取り組みに費やしている時間と予算が、莫大な規模に達していることを考えると(2026年には、その金額が世界全体で年間150億ドルに達すると推計されている)、こうした現状否認の姿勢を生み出す原因を理解することは、極めて重要だ。原因がわかれば、問題を克服し、資金をよりうまく活用すること期待できる。

 これまで、実務家、研究者、そして一般メディアは概して、経営者たちがそのような態度を取る原因について2つの可能性を指摘してきた。

 一つは、自分たちが特権層(たいていの場合は白人男性層)に属しているために、ダイバーシティ向上を目指す取り組みを推進すると、自分たちの絶対的な優位が崩れてしまうと考えている可能性である。もう一つは、経営者たちが保守的な政治思想を持っているために、イデオロギー上の理由でダイバーシティ向上策に反対しているという可能性だ。

 このような側面は間違いなくあるだろう。しかし、筆者らが最近行ったいくつかの研究によると、それとは別のさらに説得力のある仮説が見えてきた。一言で言えば、経営者がダイバーシティ関連の取り組みに抵抗するのは、その人が経営者だからだ、というのが筆者らの研究結果である。具体的に見ていこう。

「うちの会社ではありえない」というバイアス

 経営者は、しばしば自分と会社を一体のもののように考える。結果として、自社が好ましい要素を持っていることを、自分という人間が好ましい要素を持っていることの表れだと考える。こうした発想をするようになると、自社に対する肯定的な評価を維持することが自己意識にとって極めて重要な意味を持つようになる。時には、その影響により、物の見方がゆがめられてしまうケースもある。

 そのような現象は、「動機づけられた推論」という言葉で表現されることもあり、けっして珍しいものではない。あなたがスポーツチームのファンであれば、身に覚えがあるのではないだろうか。スポーツチームのファンは、自分のひいきチームに有利な審判の判定は「正しい判定」、ひいきチームに不利な判定は「間違った判定」だと評価しがちだ。

 仕事の世界では、この種の思考をする経営者は、よその会社の問題点にはすぐに気づけるのに、自社の問題点には目が向きにくくなる。そうしたバイアス──「うちの会社ではありえない」バイアスと呼んでもよいだろう──は、上述の事例でセールスフォースのベニオフが陥ったものにほかならない。ベニオフは、自社で不平等がまかり通っているなどとは信じられなかったのだ。公平のために言い添えておくと、このような反応は経営者にとってごく自然なものといえる。不平等が存在する部署や、集団の責任者でいることは、誰だって不本意だろう。

 筆者らは複数の研究で、回答者に対して自社もしくは他社における不平等の深刻さの度合いを尋ねた。一つの調査では、自分たちの職場で不平等がどの程度深刻だと思うかと尋ねたところ、経営者たちの感じている深刻度は、経営者以外の人たちよりも13%低かった。別の調査では、ほかの会社における不平等の度合いを評価するよう求めたところ、経営者たちの考える不平等の深刻度は、経営者以外の人たちより2%だけ低かった。それに対し、同じ調査で自社における不平等の度合いを評価するよう求めると、経営者たちの考える深刻度は、経営者以外の人たちより17%も低かった。

 こうしたことは極めて重大な影響をもたらす。筆者らが行った別の調査によると、経営者たちは、自社における不平等の深刻さの度合いを軽く考える傾向があるため、不平等を是正するためのダイバーシティ関連の取り組みへの支持が、経営者以外の人たちよりも19%低かったのだ。