今後の見通し
経済学は、景気循環を「均衡への移行」という役に立たない枠組みでとらえたがる。「ソフトランディング」という航空機の着陸を用いたたとえも同じように罪深い。現実には、ある特異な不均衡から別の不均衡へと常に移行し続けており、経営者は予測に頼ることはできない。新たな要因が常に新たな状況をもたらし、予測モデルはそれに適宜、気づくわけではない。
では、新たな不平衡とはどのようなものだろうか。
ソフトランディングの第1段階は成功したとはいえ、景気後退を完全に否定するのは間違いだろう。景気後退は依然として起こりうるし、理にかなった結果でさえあり、いずれ起こることは避けられない。
金融政策は依然としてブレーキを踏んでいる。成長がすでに鈍化し、経済がより脆弱になっている時は、特に現実のショックが景気循環のサイクルを断ち切る可能性が常にある。3種類の景気後退リスクを考慮することは不可欠だが、当面は、一般的に思われているよりリスクははるかに低いだろう。
レジリエンスのある経済が、現在の弱く、景気後退が起きていない成長期をうまく乗り切れば、再加速する可能性は高くなる。ただし、そのような再加速のシナリオには、歓迎すべきものもあれば、そうではないものもある。
シナリオ1:オーバーシューティング経済の再現
需要が力強く回復して、経済の生産能力(利用可能な労働力、資本、既知のプロセスなど)を上回った場合、再びインフレが起こるだろう。その場合、前述したリスクを伴う新たな金融引き締めが必要になる。
ただし、そうだとしても、「インフレレジームの崩壊」、すなわち米経済が構造的なインフレに戻りつつあるという過去2年間の誤ったシナリオへと、ただちにつながるわけではない。需給のミスマッチによる周期的なインフレの再来と沈静化を招くだろう。
シナリオ2:適切なバランスの経済
需要が経済の生産能力に合わせて成長すれば、インフレ圧力が再燃することなく、許容可能な成長率で景気拡大を続けることができる。金融政策は、新たな不均衡が近づくまで、引き締めから中立的なスタンスへと緩和されることも考えられる。
シナリオ3:より良好な経済
経済の生産能力が需要を大幅に上回り、周期的なインフレを伴わずに急成長が促進される時、より良好な経済になったことがわかる。力強い資本形成と堅調な労働参加は、このシナリオをある程度促進するが、最も重要な課題となるのが生産性向上の加速だ。
これは実現可能だろうか。
チャットGPTなどのAIアプリが力強い成長をもたらすという期待が盛り上がっているが、そこまで急速ではないだろう。テクノロジーを活用するだけで、生産性の向上がより加速すると保証されるわけではない。テクノロジーはあくまでも燃料だ。火種は通常、逼迫した労働市場という形で現れる。企業は資本を労働に代えざるをえなくなると、より多くの資本を投入する傾向がある。そして、新しい労働者を雇えなくなると、そのプロセスを変える。
このように労働市場の逼迫が続くことと、それがもたらす恩恵は、現実的な見通しでもある。ただし、リーダーは、生産性向上の規模とスピードに対して、慎重でなければならない。マクロ経済レベルでの生産性の大幅な向上は、突然ではなく徐々にもたらされるが、その規模は過大評価されやすい。パンデミック下でアナリストは成長見通しを急きょ1%引き上げたが、実現しなかった。
このようなシナリオにおける恩恵は、成長率を多少高めるだけでなく、より広範囲に及ぶだろう。労働市場の逼迫は所得分布全体に実質賃金の伸びをもたらし、最大の恩恵を受けるのは、基本的に所得分布の底辺層である。その結果、これまでキャリアアップの機会が少なかったり、昇進のレールに乗れなかったりした人々にキャリアアップや雇用創出の機会が生まれ、そうでなければ退場していたかもしれない人々が労働市場に引き入れられる。
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ソフトランディングは見込みどおり進んでいるかもしれないが、最終的な状態ではない。また新たな不均衡が出現するだろう。リーダーは、マクロ経済の確実性や安定に期待するわけにはいかない。むしろ、マクロ経済がモデルに飼い慣らされてはいないことを認識しなければならない。重要なのは、予測ではなく判断なのだ。
メディアでは暗い話題が続き、経済モデルは重要な文脈を見逃したまま単調な世界観を提供するだろう。リーダーは、不確実性を乗り越えて企業を率いるために日々使っているスキルを応用して、マクロ経済の変化を乗り切らなければならない。最新のデータに過剰に反応してはならないし、将来にわたる持続的な成長という普遍性だけを重視してもいけない。
企業にとって、利益率への圧力や、健全な金利上昇など、厳しい経済状況は今後も続くだろう。それでも景気後退するよりはましである。これらの課題に正面から取り組むことは、労働力を代替するための資本増強と、技術革新および技術取り込みの促進に通じる。これらはいずれも良好な経済シナリオの土台となる。
"What Happens After the U.S. Economy's Soft Landing?" HBR.org, July 21, 2023.