「適切な株主」を自社に引き入れるIR戦略
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サマリー:今日の企業が成功するためには、単に資本を提供するだけでなく、事業に最大の競争力をもたらす戦略的株主の存在が重要になっている。こうした適切な株主を得ることによって、企業は戦略的目標を達成し、価値創造を促... もっと見る進して競争相手を凌駕できる。本稿では、そうした株主を引き入れることに成功している企業が行うIR(投資家向け広報)のアプローチを紹介する。 閉じる

戦略的株主が今日の企業に欠かせない理由

 今日では、多くの経営者がIR(投資家向け広報)をマーケティングの一環ととらえている。自社の株を購入してもらうことを期待して、できるだけ多くの人に事業と戦略を売り込もうというのだ。それによって株価がさらに上昇し、取締役やほかの株主が満足する。

 言い換えれば、IRは底引き網のような手法で行われる。経営者は株主の大海原に網を投げ入れ、いくらかでも捕まえようとする。

 企業はその代わり、戦略的株主を見つけることに的を絞ったIRのアプローチを適用すべきだ。戦略的株主とは、単に資本を提供するだけでなく、事業に最大の競争力をもたらす存在である。成功する戦略を実行し、それを支えるために、今日の企業はかつてないほど戦略的株主を必要としている。

 筆者らの調査によると、適切な株主を得ることによって、企業は戦略的目標を達成し、価値創造を促進して競争相手を凌駕することができる。つまり、適切な株主は、自分のポートフォリオに含まれる企業の競争優位性をみずから創出することができるのだ。多くの企業が用いるIRのアプローチを考えると、理解しがたいかもしれないが、これは事実である。本稿では、勝ち組企業が、どのようにしてこのアプローチを成功させているのかを説明する。

戦略的株主とは

 企業は、練り上げた競争戦略によって、製品市場で競争相手を凌駕できる。こうした戦略には、基本的に3つの要件がある。

 1つ目は、高い評判や技術的な専門性、優れたロジスティックスなど、価値が高くて模倣が難しいコンピテンシーを開発すること。これらが競争優位の源となる。2つ目は、競争戦略を成功させるために、規制当局やアクティビスト、メディアを含む主要なステークホルダーとの依存関係をマネジメントすること。そして3つ目は、外国市場での提携パートナーなど、戦略をサポートできる戦略的パートナーとのビジネス関係を確立することだ。これら3つの要素がうまく機能すれば、企業の競争戦略と競争相手に対する優位性が促進される。

 成功する競争戦略の構築と実行に必要な3つのインプットを、株主が提供できる場合もある。価値のあるコンピテンシーを構築し、主要なプレーヤーとの依存関係をマネジメントして、競争市場で企業が必要とするビジネス関係を促進するための手段を、株主がもたらすのだ。

コンピテンシーを構築する株主

 企業のコンピテンシーの構築を支援できる株主もいる。プライベートエクイティ投資家は、自分が深い専門知識を持つ部門の企業を中心にポートフォリオを構築することで知られている。アクティビスト投資家は、ほかの株主を味方に引き入れるために、十分なリサーチをして業界を徹底的に理解する。そうした知識を経営者は利用することもできる。

 筆者らが取締役とさまざまな議論を重ねてきた中で、アクティビストが選任する取締役は、とりわけ知識が豊富で有能であることがわかった。大口投資家でも、ある領域で豊富な見識を深めるようなグループを構成している場合もあり、その見識を企業間で共有したり移転したりする。

 企業は投資家の見識を活用して、業界の新しいトレンドや新しい技術の機会、潜在的な地政学ショック、顧客からのインプットなどを事前に知ることができる。さらに、投資家の貴重な人的資本を利用することもできる。豊富なネットワークや人材採用の専門知識を持つ投資家もいて、彼らのポートフォリオ内の企業はそれをうまく利用して、新たな人材の発掘に役立てることもできる。

依存関係をマネジメントする株主

 株主は企業の依存関係をマネジメントすることもできる。企業は、規制当局やアクティビスト、格付け機関、政治家、メディアなど、事業を維持し構築するために多くのステークホルダーに依存している。

 ビッグデータを活用した筆者らの調査によると、株主は、企業がこれらの主要なステークホルダーとの依存関係をマネジメントする手助けができる。たとえば、投資家が所有するメディアに、より好意的な報道をしてもらえるケースも実際にあった。それで企業のイメージがよくなれば、企業と株主の双方に利益をもたらす。同様に、投資家が所有する格付け機関からより好意的な格付けを得ている企業もある。

 規制当局、政治家、NGOなどとの関係についても同じように考えられる。こうしたステークホルダーをある程度コントロールできる投資家がいることは、その投資家のポートフォリオを構築する企業にも利益をもたらす。このようなコネクションを持つ投資家を引き寄せてつなぎとめることができるかどうかは、経営者の手腕にかかっている。

コネクションを持つ株主

 最後に、株主は企業にとって、新たなビジネス上のつながりを促進することができる。今日では多くの株主がそれぞれ幅広いポートフォリオを持ち、さまざまな企業とつながっている。これらの企業をよく理解している株主は、ポートフォリオ内の企業をさまざまな形でつなぐ仲介役になれる。

 ある研究によると、株主は自分のポートフォリオ内で、投資先企業が別の分野でM&A(企業の合併・買収)のターゲットを特定する際に、支援という形でM&Aを促進している。戦略的パートナーシップやライセンス契約、買い手あるいは供給業者との契約についても同様である。

 投資家のこうしたネットワークを活用することは、新製品の投入や地理的に新しい市場への参入を目指す企業、または新規参入者が競争しにくくなるような障壁を築くために協力しようとしている企業にとって、特に有益である。

 ベンチャーキャピタルファンドの中には、市場のトレンドを常に把握して、革新的で、時には破壊的なアイデアを持つ有望な新興企業を発掘することに長けているところもある。筆者らが仕事をしてきた有力企業は、ベンチャーキャピタルのパートナーとの関係を発展させることによって、彼らのイノベーションに関する見識や、より広範な企業ポートフォリオにアクセスできるようになり、それが企業への直接投資につながる時もある。

限られたプール

 重要なのは、これら3つの優位性をすべての株主が提供できるわけではないということだ。一つも提供できない株主もいる。これはIRの「底引き網」アプローチの問題点である。つまり、このアプローチは、独自の事業や戦略に戦略的価値を付加できない株主も引き入れてしまうのだ。

 さらに難しいのは、経営者が一部の主要な株主が提供する価値を理解した頃には、そうした株主は引く手あまたになっていることである。彼らの資源が競争相手に投資されて尽きてしまえば、大きく後れを取った企業は、戦略的株主を持つことのメリットを諦めるしかなくなる。

 株主のプールは限られているが、経営者は希望を失ってはならない。さまざまな戦略を追求する企業には、戦略的な株主がいる、つまり独自の事業にさまざまな付加価値を与える株主がいることによって、重要な機会がもたらされる。