戦略的株主をターゲットにする
では、企業はどのようにして戦略的株主を特定し、彼らが提供しうる利益を得ることができるだろうか。
最初のステップは、IRプログラムに対する考え方を変えることだ。前述のように、経営者であれば、株主なら誰でもよいと考えて自社の戦略を売り込むようなIRを行わないほうが賢明である。
さらに、IRの目標は、単に株主を「なだめる」ことではなく、株主が提供する専門知識やコネクションを活用することだ。ほとんどの企業は、IR部門が存在するとしても、その業務は株主からの電話対応、株主の取引の追跡、アクティビストがいつやってくるかを見極めるために市場動向を把握する程度に留まっている。
今日のIRは、守りを重視して、攻めに注力するケースが限られている。攻めの戦略を実行するとしても、いわゆる「ペイシェントキャピタル」(忍耐強い資本)を集めることが中心となる。ペイシェントキャピタルとは、長期的な視点に立ち、やっかいな意見を言わずに寛容な投資をする株主から資本を集めることだ。
残念ながら多くの経営陣は、株主が波風を立てたり意見を述べたりしないことを望んでいる。このような考え方は、最も有益な株主、つまり戦略的株主を惹きつけて彼らが提供する利益を活用しようとする際の障害になる。
第2のステップは、IRの担当者全員が自社の戦略的なニーズを深く理解することだ。経営者は投資家との対話の中で、彼らの専門知識を活用する機会を探すことになる。これを最も効果的に行うためには、自分たちの事業が必要としているもの──新しいコンピタンス、マネジメントされている特定の依存関係、新しいコネクションなど──に基づいて、何を求めるべきかを理解していなければならない。
このステップは、CEOや上級戦略責任者にとっては容易なものだが、会社の戦略策定プロセスに深く関与していない一部の取締役やIR担当者にとっては難しいものである。構造的には、IRをコーポレートディベロップメントに近づけることによって、この課題を克服できる。
第3のステップは、事業に必要なインプットをもたらす株主を見極めることだ。そのために経営者は、現在の株主基盤を把握して不足している部分を特定し、株主の状況を定期的に調査して新たな株主候補を見つける必要がある。
このステップでは、ビッグデータを活用すると、特徴のあるポートフォリオ(特定の部門に集中しているなど)やポジション(大手メディア企業の株式を大量保有しているなど)を持つ株主を見つけやすい。そのうえで、戦略的に重要と思われる株主について詳細な株主プロフィールを作成することを、筆者らは企業に奨励している。
第4のステップは、有力な専門知識やコネクションを持つ株主を特定したら、彼らのエンゲージメントを引き出すことだ。経営陣が何を求めているかにもよるが、投資家のポートフォリオマネジャーに留まらず、より上流の組織に打診することも有効である。エンゲージメントの形成はやっかいではあるが、経営陣と取締役が適切な連携を取り、双方が心地よく、しかし積極的に関与することができれば役に立つ。
そのためには、投資家との電話会議やロードショー(株式公開前の機関投資家向けの会社説明会)より、企業や投資家のオフィスで対面で話し合うことが最も効果的である。株主もほかのステークホルダーと同じように、自分の考えを表明したいし、自分が役に立てると信じている。戦略的有用性が十分に高い株主は、取締役会の指名委員会が取締役に選任するかもしれない。
このようなエンゲージメントの形成は、慎重に、かつ健全な批判を持って取り組むことも有用である。今日ではほとんどの経営者が、さながら就職活動のように株主にアプローチしている。自分を売り込むことしか頭になく、双方向の相性を確認するために雇用主へ質問をすることを忘れてしまうのだ。
経営者は株主について学び、彼らの専門性の豊かさや深さを把握して、彼らがビジネスにどのような価値をもたらすかを見極める必要がある。その価値が肯定的なものだとわかったら、売り込みに転じ、株主の賛同を得て、彼らを受動的な資産から競争優位の源に変えるのだ。
落とし穴
このように戦略的株主は企業にとって重要だが、彼らとの関係をマネジメントする際に経営者が留意すべき落とし穴が2つある。
第1に、経営者は戦略的意思決定を行う前に、戦略的株主から提供される専門知識やコネクションだけに依存してはならない。筆者らのある研究によると、戦略的株主がその業界に多額の投資をしているからといって、経営者がみずからデューディリジェンスをせずに新規の業界への多角化を選択した場合、その決断が企業の競争力を損ない、株主価値を破壊する可能性があることがわかった。やみくもに戦略的株主を手本としても、持続可能な競争優位は生まれない。
第2に、戦略的株主のインセンティブが彼らのポートフォリオの企業の利益と一致しない時もあることを、経営者は認識しておかなければならない。幅広い株式を保有する株主が、特定の企業の価値ではなくポートフォリオ全体のリターンを優先すると、そのようなずれが生じる。
複数の研究が警告しているように、たとえば、株主が業界内のライバル企業の株式を同時に保有している場合、保有比率の低い企業から比率の高い企業に機密情報を流すかもしれない。こうしたリスクを回避するために、経営者は戦略的株主の持ち株比率や広範な利害関係を詳しく分析して、自社の競争相手の株式を共同所有している株主には特に注意を払う。
大半のIRプログラムは、できるだけ幅広く、できるだけ多くの株主を集めようと設計されている。しかし、より戦略的なアプローチを適用して初めて、企業は株主を基盤とした潜在能力を最大限に引き出すことができるのだ。
"How to Attract the Right Shareholders" HBR.org, August 08, 2023.