デジタル広告産業でじわじわと広がるカオス

 ウェブ上の広告のほとんどは、プログラマティック広告を通じて掲載されている。要するに、いくつもの要素を伴う超高速のオークションを介して、アルゴリズムにより掲載が決まる。このプロセスに、人間による監視はほとんど、もしくはまったく介在しない。

 理論上このプロセスは極めて効率性が高く、広告主はリアルタイムで広告予算の支出先を決定し、自社の広告キャンペーンの成果をモニタリングできる想定である。しかし、現実はそうではない。広告サプライチェーンには何段階もの仲介業者が介在し、広告主がデジタル広告キャンペーンを監視することは、業界外の人たちが思うよりはるかに難しくなっている。

 典型的なプログラマティック広告のプロセスには、以下の要素が含まれる。

・広告主と市場を結ぶデマンドサイドプラットフォーム(DSP)

・広告掲載先と市場を結ぶサプライサイドプラットフォーム(SSP)

・サプライチェーンで仲介者役を担う広告ネットワーク

・広告主のオーディエンスに関するデータを収集、管理するためのデータマネジメントプラットフォーム(DMP)

 当然のことながら、不透明なビジネス上の取引関係があまりに多いと、虚偽情報を流すウェブサイトなどが市場に入り込みやすくなる。セルフサービス方式の参加プロセスが採用され、さらに仲介業者が問題を見て見ぬ振りをする傾向と相まって、ウェブサイトの所有者は極めて簡単に広告市場に加わることができる。その過程で、人間の目による監視が行われることはなく、事後の監査すら行われない。

 こうした問題に対処するために、大手広告代理店のグループ・エムやハヴァス、大手広告主のP&Gなども参加している「責任あるメディアのための国際連盟」(GRAM)のような団体は、「ブランドにとって安全性に欠ける」ウェブサイトなどへの資金流入を食い止めようとしてきた。具体的には、これまでより厳格な基準を定義し、メンバーがその基準を遵守することを約束した。GRAMのブランド安全性の枠組みでは、「特定の集団を誹謗中傷したり対立を煽ったりするような、慎重な扱いが求められる社会問題に対し配慮を欠いた、無責任で有害な扱い」をする広告を禁じている。

 また、上述のタイプの企業とは明確に一線を画する新しいタイプのテクノロジー企業──広告検証ソリューションもしくはブランド安全性ソリューションと呼ばれるサービスを提供する会社──が登場し、ブランドをこの種のコンテンツから守るサービスを謳っている。

 しかし、企業はたいていモグラ叩きゲームから抜け出せない。大手広告主がこぞって極右系ニュースサイト『ブライトバート』への広告掲載を取りやめてから数年後、同サイトの編集長を務めていたスティーブン・バノンに再び資金を提供している事実を見れば明らかである。現在のシステムにおいては、ブランドがみずからを守ることが容易ではないのだ。

 現状、広告主は自社広告がどこに掲載されているかを把握するためには、アドテック企業に頼らざるをえない。ところが、アドテック企業や広告代理店は、広告主が自社広告について詳細な報告を受け取ることを困難にしているケースが多い。こうした点について詳細な報告が行われれば、広告主は広告業者の採用しているテクノロジーがどれくらい有効か、そして、自社の支払う広告費がどこに流れているかを監視しやすくなるのだが、現状そうはなっていないのである。

 この類いのことは、大小を問わずどの広告主も経験している。たとえば、主要なブランドセーフティ・テクノロジー企業は、カテゴリー単位の大雑把な成果報告しか行わない場合が多い。フォーチュン500に名を連ねる企業の一つによると、その会社がブランドセーフティ・テクノロジー企業に情報開示を求めたところ、広告支出を大幅に増やさない限りどのURLをブロックしているかについての詳細な情報は提供しないと言われたという。

 このような不透明な状況は、悪徳業者の存在を隠し、質の低い成果報告を見えにくくする。たとえば、ある広告リターゲティング会社は基本的に、顧客に対して大雑把な成果報告しか行っていなかったが、同社の顧客であるヘッドフォンズ・ドットコムが広告掲載先に関する詳細な情報を求めると、データを一覧できる仕組みを作成して提供した。

 ヘッドフォンズ・ドットコムがそのデータを検討したところ、何十もの虚偽情報サイトと、何千もの不適切なウェブサイトおよびアプリに自社の広告が掲載されていることが判明した。そこで、同社はそうしたウェブサイトなどへの広告掲載を行わない措置を取った。1日当たりの広告支出は1200ドルから50ドルまで減り、広告キャンペーンの成果にはまったく影響がなかった。

 これは特異な例ではない。むしろ一貫して見られるパターンである。アドテック企業は、不透明な世界でビジネスを行い、広告主を広告取引のプロセスから実質的に排除している。その結果として、広告主によるコントロールと監視が行き届かなくなり、広告主や社会全体にとって著しく有害な状況が生まれているのだ。

 では、この状況を変えるために、広告主には何ができるのか。

広告主が自社のデータをコントロールするには

 デジタル広告に注ぎ込まれる資金は、米国が2024年の選挙シーズンに突入する中で再び大幅に増加するだろう。その点を考えると、広告主によるコントロールを強化することの意義は極めて大きい。具体的には、広告主が自社の広告掲載先を把握することが重要だ。それを実現するためには、企業が広告業者に対して、広告掲載に関するデータを積極的に要求する必要がある。

 以下では、シンプルだが効果の大きい対策をいくつか紹介する。

自社の広告キャンペーンをチェックする

 アドテック企業から提供される大雑把な成果報告だけで満足してはならない。その代わりにログ単位のデータを要求する必要がある。ログ単位のデータにこそ、広告掲載の実態が映し出されるからだ。そこにはどのウェブサイトに広告が掲載されたかが具体的に記されている。広告主が自社の広告キャンペーンを監視するに当たっては、サプライチェーン調査会社が手助けしてくれるだろう。

ブランドセーフティ・テクノロジーを利用しない

 主要な広告検証会社が提供するのは大雑把な報告だけである。その報告を見ても、自社の広告がどのウェブサイトに掲載されていて、どのウェブサイトがブロックされているのかは明らかにできない。上述したように、これでは自社の広告費が悪徳業者に流れることを防げない。もしブランドセーフティ・テクノロジーを利用するのであれば、そのデータも頻繁に監視する必要がある。ブランドセーフティ・テクノロジーは往々にして非効率で、時として有害な場合もあるのだ。

料金の払い戻しを求める

 ログ単位のデータを見ると、事前に約束されていた成果との間に乖離がある場合が少なくない。そのようなケースでは、埋め合わせではなく、払い戻しを求めるのがよい。広告主には、広告業者からの返金を要求し、将来どうすればそうした乖離をなくせるのかという説明を求める権利がある。もしそれに応じないようであれば、その広告業者との取引は打ち切るべきだ。

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 マーケティングとは、単に大勢の人に広告を届け、インターネット上でクリック数を稼ぐだけがすべてではない。マーケティングは、広告主が誰とつき合い、世界でどのように見られたいかに関わるものである。

 企業はマーケティング活動の一環として、ブランドを宣伝するために莫大な広告予算を注ぎ込んでいる。それを通じて企業が手にしている力は、極めて大きい。いまこそ、その力を有効に活用すべきだ。広告キャンペーンのあり方を自社でコントロールし、広告の質を高めなくてはならない。そうすれば、自社のブランドがより強力になるだけでなく、民主主義を救うことにもつながるかもしれない。 


“Are Your Ads Funding Disinformation?” HBR.org, August 21, 2023.