人間の性質──太古の昔から備わっている「生存チャネル」
人間の性質については太古の時代から議論されてきたが、詳細な観察研究と、脳と肉体のメカニズムを解明するための方法論を組み合わせることが可能になったのは、比較的最近のことだ。それらの研究は、戦略、デジタル・トランスフォーメーション(DX)、リストラクチャリング、組織文化の変革、M&A、アジリティの向上、そして社会変革に関してきわめて大きな意味をもつ可能性がある。この点について本書第2部で述べる(書籍『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』を参照)。
変化が加速し、複雑性を増すばかりの世界で成功を目指すうえで、この種の研究から得られる最も有益な知見は、ほとんどの人の常識に反するものだ。大多数の人は十分に理解していないが、人間の性質に組み込まれている生存本能は非常に強い。生き延びようとする本能が働く結果、新しいチャンスを素早く察知し、イノベーションを推進し、変化に適応し、適切なリーダーシップを振るい、好ましい変革を成し遂げる能力が意図せずして抑え込まれてしまう場合がしばしばあるのだ。
人間には、「生存チャネル」とでも呼ぶべきメカニズムが備わっている。これは、絶えず脅威に目を光らせるレーダー・システムのようなものだ。このような性質が育まれた太古の日々、警戒すべき脅威はおおむね身体的な脅威だった。それに対し、今日の世界では、社会的な影響と個人的な経験を通じて、主としてキャリアや経済的幸福、心理の安寧を脅かす恐れがあるものが警戒の対象になっている。
私たちの脳が脅威(とみなせるもの)を察知すると、瞬時にして無意識のうちにいくつもの活動が連鎖的に引き起こされる。まず、脳の扁桃体から脳内の「指令センター」(海馬)へただちにシグナルが送られる。このシグナルにより、危険を伴う可能性がある状況への反応を担うメカニズム(交感神経系)が活性化する。アドレナリン(エピネフリン)が体内を駆け巡り、心拍数と血圧が上昇し、血液に取り込む酸素を増やすために呼吸が速くなり、血液中に糖と脂質が放出される。問題に立ち向かうか、問題から逃れるかするためだ(「闘争・逃走反応」と呼ばれる)。
このとき、人間の精神は、脅威と思われるものに神経を研ぎ澄ませる。そして、一挙にみなぎってきたエネルギーと全面的な集中力を基に、脅威を素早く取り除こうとする。これがうまくいけば、脅威が解消されて、脳内化学物質の放出が止まり、人は落ち着きを取り戻す。肉体も脅威にさらされる前の状態に戻る。
人はみな、私生活と職業生活の数え切れないほど多くの場面で、こうした生存チャネルが適切に機能する経験をしている。ときには、太古の祖先たちと同様の形でこのメカニズムが活性化する場合もある。道路を渡ろうとしたとき、視界の隅に、こちらへ向かって疾走してくるバスが見えたとする。すると、脅威を察知するレーダーがバスの姿をとらえた瞬間、脳内化学物質が放出されて、筋肉に血液が激しく流れ込む。そして、ほかの思考がすべて遮断されて、大慌てで歩道に戻る。
こうしたすべてが1秒か2秒の間に起きる。たいてい、意識する前にこのような反応を取っている。
[著者]ジョン・P・コッター、バネッサ・アクタル、ガウラブ・グプタ
[訳者]池村千秋
[内容紹介]
リーダーシップ論、組織行動論の大家、ジョン P. コッター教授、待望の最新刊がついに発売! なぜ、トップの強い思いは伝わらないのか? なぜ、現場の危機感は共有されないのか? 組織変革の成否を左右する「人間の性質」に迫る。
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