金融へのアクセス
インドの金融市場はかつてないほど良好な状態にある。中国のビジネスチャンスが冷え込む中、投資家は代替先を求めており、インドはそれに最も近い選択肢となっている。MSCI新興国株価指数の今年の上昇が2%であったのに対し、MSCIインド株価指数は12%上昇している。
銀行の財務状況は強化され、信用市場はよく機能している。多くのインドの銀行が米国の銀行よりも高く評価されている状況は、そのことを物語っている。HDFC銀行は親会社である住宅金融会社HDFCと合併し、時価総額1710億ドルの世界第4位の金融会社となった。この創業29年の新興企業は、合併前でも、154年の歴史を持つゴールドマン・サックスより価値が高かった。
この変化は、インドの労働人口の86%以上を占め、伝統的に資金不足であるインフォーマルセクター(露天商や無許可の業者・企業など)にも見られる。インドの大手投資銀行であるアベンダスは、インドの中小企業セクターの借入需要の合計額は1兆5000億ドルに上ると算出した。このうち、7250億ドルは担保がないために対応されず、正式な融資金額は2890億ドルにすぎない。このため、貸金業者は融資の幅を広げようとしている。新規に融資を受ける顧客は、2017年の中小企業向け貸金業者の顧客の9%から34%に増加している。中小企業向け貸金業者による融資は、過去2年間で毎年43%増加した。
リアルおよびデジタルにおける、インフラのアップグレード
インドを訪れたことのある人にとって記憶に残る重要な課題は、インフラの遅れである。従来は、貧困者支援が選挙対策として都合がよかったが、現政権は人気が高いためにインフラ投資を行う余裕がある。政府支出全体に占める資本支出の割合は、2010年の11%から今年は22%に増加した。今年のインフラ支出は1220億ドルで、33%の増加が見込まれている。
その成果は目を見張るものがある。インドでは毎年1万キロメートルの高速道路が増設されている。2014年以降、インドの空港の数は倍増し、鉄道システムのアップグレードにより、インドの経済の中心地を結ぶ高効率の「貨物回廊」が誕生する予定だ。
さらに大きな特徴的な変化が見られるのが、デジタルインフラである。8億8125万人のインターネット加入者を擁するインドは、中国の10億5000万人に次いで世界で2番目にインターネットの利用人口が多い。このアクセスを活用し、他国からも研究されるモデルとなった公共インフラ分野のデジタルインフラがある。これには、国民の固有IDシステムや、デジタル決済をシームレスに行える決済インターフェース、国民が納税証明書や予防接種証明書などの基本的な書類にオンラインでアクセスするためのデータ管理システムがある。これらは、公共サービスやデジタル決済をより多くの国民が利用しやすくなるためのものである。
その成果を表すものとして、インドはデジタル決済率の高さで中国に大差をつけて世界のトップに立った。インドにおけるデジタル決済額は、世界2位から5位の4カ国の合計を上回っている。
促進要因
このような勢いのほかに、システム全体の促進要因もいくつか重なって働いている。
国内政策改革
2016年の破産倒産法の施行から、ビジネスのしやすさを促進するための3万9000を超える規制の撤廃に至るまで、これまで多くの規制・政策改革が実施されている。
建設許可や電力系統の接続など、ほかの多くの改革は州政府の管轄だが、これらの領域でも変革の動きがある。各州政府は、事業設立プロセスの迅速化支援や、投資に対するインセンティブの提供、さらには競合企業の誘致などを競い合いながら、各地にビジネスフレンドリーな環境を提供している。
地政学的な優位
もう一つの変革は、中国と欧米経済、特に米国との間で拡大する亀裂によって引き起こされた、インドの特徴的な地政学的位置付けである。これにより、アップルのスマートフォンの生産を筆頭に、インドにとって新たなビジネスチャンスが生まれている。年間2000万台のiPhoneを生産することを目指すこのプロジェクトだけでも5万人の新規雇用が創出される。さらに、ロケット打ち上げに使用される軍事レベルの技術に関しては、インドは中国よりも打ち上げ国としての信頼が厚く、すでに軌道に乗ったエコシステムがある。2020年以降、インドは国内外の宇宙機を111回打ち上げており、2023年8月下旬には探査機の月面着陸に成功している。
もう一つの顕著な例を挙げると、米半導体メーカーのマイクロン・テクノロジーは、中国以外への拠点分散を図る一環として、新たな組立・テスト施設の建設計画を発表した。実際、世界銀行の新総裁は、企業が中国に大きく依存することなく、サプライチェーンや製造拠点の分散を模索する中、インドがその動きに乗じるチャンスがあると述べている。
ディアスポラ(国外移住者)の活躍
マイクロン・テクノロジーのCEOと世界銀行総裁がともにインド出身であることは興味深い。これが3つ目の重要な促進要因、インド人ディアスポラである。インド人ディアスポラはいまや世界最大であり、かつてない影響力を持つようになった。ビジネス界においても、S&P500企業のCEOのうち25人がインド出身である。これ以外にも、多くの企業の経営幹部陣にインド人が名を連ねている。米国ユニコーン企業の移民創業者の出身国としても、インドがトップである。このようなつながりは、インドビジネスの国際的な連帯を可能にし、インドの国際的なバリューチェーンへの統合を促進している。