障壁

 これらの要因が互いを補強し合っている一方で、多くの障壁が残っており、これらが相乗効果を停滞させる可能性がある。3つの大きな障害と対策について考えてみよう。

不均衡な成長

 国家レベルでは目覚ましい成長を遂げているにもかかわらず、その経済的恩恵は極めて不平等である。インド人の上位10%が国富の77%を占めている。医療費に関してだけでも、毎秒約2人が貧困に追い込まれている。インドの人口密度は世界で最も高く、資源配分と環境負荷とのゼロサム的性質(相反的な性質)を悪化させている。南部と西部が北部と東部よりも12%速く成長しているという地域的不均衡は、時とともに拡大するだろう。このうえ、さらに言語的な分断も合わせると、地域間の新たな緊張が表面化する可能性がある。これらに対処するには、政治経済を巧みに管理する必要がある。

 その他の不均衡は、政治的分断のために拡大している。確固としたヒンドゥトヴァ思想(ヒンドゥー教に基づく政治思想)の主張によって、雇用創出、生産性向上、経済的利益の共有といった核心的な問題が覆い隠されている。この問題の根本的な原因は、独立したばかりのインドで始まったアファーマティブ・アクション(格差是正)事業は一時的な措置であるべきだったという社会通念である。これは政治指導者によるマイノリティ宥和策への不満につながった。状況はいまや逆転し、排除とアイデンティティ政治に関する新たな課題を生み出している。

 インドが世界報道自由度で順位を下げている事態は、インドに関心を寄せる多くの人々にとって好ましくない状況である。結果として、国内の不満分子やマイノリティ層がため込んでいる感情が爆発し、下降スパイラルに陥る可能性がある。このような事態は、繁栄の共有という目標を損なう可能性がある。海外の投資家や貿易相手国にとって、インドのように宗教、言語、社会文化の多様性のある国では、多数決主義というリスクが加わることになる。さらに重大なのは、こうした動きが社会的・経済的変革のために活用できるはずの政治資本を枯渇させてしまうことだ。

 これらの課題に対する解決策は少なくとも2つある。第1に、各政党がこの国の膨大な人口の最も広範な層を獲得する有力な手段として、アイデンティティ政治から包摂的成長と雇用創出へと舵を切ることである。第2に、インドでは州レベルの選挙が絶え間なく行われており、それが国民の対話や、長期的な経済成長志向の視点をゆがめることにつながっている。選挙を合理化し、集約することで、国民の言論にゆとりが生まれ、政治指導者と有権者をより長期的な視野へと向かわせることができるだろう。

未活用労働者のポテンシャル

 都市部の労働者のうち、正規のフルタイムの仕事に就いているのは半数に満たず、インドの雇用の大半は生産性の低いインフォーマルセクターで占められている。特に、教育、技能訓練、医療は著しく不足している。「2023年インド・スキル・レポート」によると、雇用対象になるスキルのある若者はわずか半数である。

 インドにとっての「クラウンジュエル」(価値ある分野)とされる技術サービス部門でさえ脆弱だ。アウトソーシングの需要は減少しており、コーディングや定型業務がクラウドコンピューティングやAIへシフトされることで、業務を人件費などのコストの安い地域で行う「労働コストの裁定取引モデル」は崩壊するだろう。警戒すべきことに、インドの女性労働参加率は着実に低下しており、2005年の32%から2021年には19%に落ちている。

 たとえばベトナムを見習い、スキル向上への公共投資と民間投資を優先させなければならない。それによって、インド経済に5700億ドルを加算できる。一番のネックは製造業で、ほかの類似経済圏においては重要な雇用創出源であるが、インドにおいてはGDPの13.3%で頭打ちとなっている。現在のインフラ整備、政策改革、地政学的な要因、資本流入は、インドの製造業を活性化するのに役立つだろうが、そのためにはここで論じた障壁を取り除かなければならない。

 新興分野では、AI(人工知能)の可能性が急拡大しており、インドにとって最先端分野でリーダーシップを発揮するチャンスとなる可能性がある。インドには急拡大しているAI人材拠点があり、蓄積された膨大なデータリソースと結びつけて活用することができるからだ。女性を労働力として登用し、定着させるためには、文化的・組織的な変革が必要である。このような取り組みには長い期間がかかるため、焦点を絞り、体系立った長期計画が必要である。

ビジネスのしやすさとイノベーションの可能性

 インドでビジネスを始める環境は改善されているが、多くの課題が残っている。建設プロジェクトは、土地の取得の難しさによって滞る可能性があり、裁判所の動きも鈍い。土地の記録が存在しなかったり、古かったりすることもあり、環境許可の取得がさらなる障壁となっている。そのうえ、契約の履行は依然として困難である。『エコノミスト』誌が作成した指数によると、インドは過去30年間の大規模な自由化にもかかわらず、縁故資本主義の蔓延度で10位にランクされている。保護主義の遺産が依然として存在している状況である。

 インドの国家能力には変化が必要だ。一般的な認識とは異なり、インドという国家は巨大で不器用なのではなく、弱く衰退している。規制当局から地方自治体、司法機関に至るまで、公共機関はしばしば相反する要求に対応し、市場や社会の現実に追いついていない。重要な決定は危機的状況を基準として下されることが多く、インドの成功物語は、機関の不全に対する個人の武勇伝である場合が多い。インドの国家機構を最先端のものにすることは、インドによって極めて重要なプロジェクトといえるだろう。

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 総括すると、障壁は残るものの、ポジティブな力がドミノ効果を生み、「イネビタブル・インディア」は手の届くところにある。インドの最大の課題は、インドの成功を願う多くの支持者に対して、その必然性を具体的で信じられるものにすることだろう。観光客向けの 「インクレディブル・インディア」から、世界経済を呼び込むための次のキャンペーンは 「クレディブル・インディア」であるべきだ。


"Is India the World's Next Great Economic Power?" HBR.org, September 06, 2023.