労働者を危険から守りたければ、自社だけで安全対策してはいけない
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サマリー:米国の送配電建設業界は、企業同士の協力により安全性の向上に取り組んでいる。企業単体ではなく、複数企業のデータを活用した分析とベストプラクティスの導入、トレーニングプログラム提供などが奏功し、業務に関わ... もっと見るる死亡率と重傷率の減少を実現した。他業界においても同様に、企業間の連携により労働者の安全性を高めることで、全従業員が業務の品質を高めるようになる。 閉じる

米国における送配電建設業界の取り組み

 米労働安全衛生局(OSHA)は、企業が同局の基準を遵守しているかどうかをチェックし、遵守していない場合には罰金を科すという抜き打ち検査を行うことで知られている。しかし、米国の送配電インフラを建設・維持する企業にとって、OSHAは何百人もの重傷者を防ぎ、何十人もの命を救う共同事業のパートナーだ。

 活線状態の電線の設置・修理の作業は、高所が多く、ヘリコプターで吊り下げられながら行うこともあり、労働者が直面する危険は甚大である。ハリケーンなどの災害が起きると、多くの労働者は自宅から遠く離れた場所で長時間働くことになり、負傷するリスクが高くなる。たとえば、2022年9月にハリケーン「イアン」がフロリダ州に上陸した際には、少なくとも全米33州からの労働者4万4000人以上が同州に一時的に配置され、自宅が停電した300万人以上への電力供給に尽力した。

 20年前、送配電建設業界は職場の危険因子にさらされたことが原因で起きた負傷や死亡の抑制に苦慮しており、OSHAはこの業界を取り締まりの対象としていた。2002年には、電線作業員2人の死亡事故を受けて、ある企業がOSHA基準の故意違反の疑いで刑事責任を問われる事態にまで発展した。問題は業界全体に及んでいた。OSHAの内部報告書によれば、2003年の1年間だけでも、電気工事業界の労働者約2万2000人のうち15人が死亡し、100人に6人近くが勤務中に負傷していた。

 建設業者MYRグループのCEOは、抜本的な変革の必要性を認識し、労働弁護士のデニス J. モリカワとともに業界の他のCEOらに働きかけ、協力して関連するすべての企業の安全パフォーマンスを向上させることを提案した。同時にOSHAにも、この取り組みへの参加を要請した。OSHAはたしかに検査を行うことで知られているが、雇用主のコミットメントと意欲に基づいて安全上の懸念に取り組むために、状況に応じてさまざまなツールやアプローチも適用する。予防は常にOSHAの最優先事項であり、その目的は、OSHAが検査をする前に、そして労働者が負傷する前に、雇用主に危険因子を排除してもらうことだ。

 参加企業の労働者を代表する労働組合である国際電気工組合(IBEW)にもこの取り組みに参加してもらった。これは、労働者に対して、雇用主が労働者の安全保護に真剣に取り組んでいることを示す上で中心的な役割を果たした。さらに、大小の事業者を代表する全米電気工事事業者協会と、送電網を所有し、送電網の建設と保守を請け負う電力会社を代表するエジソン電気協会という、2つの主要な業界団体もこれに取り込んだ。

 こうして2004年、送配電(ET&D)戦略パートナーシップが立ち上がる。パートナーは、安全のみに焦点を当てることに合意し、企業間の競争上の争いや労務管理の問題など、他の懸念事項の対処にこのフォーラムを利用しないことを誓約した。これにより、独占禁止法違反と見なされる懸念も取り除かれた。

 このパートナーシップはまず、データ分析、ベストプラクティス、トレーニングに重点を置いた。専門家が過去5年間に発生したすべての負傷事故を分析し、ベストプラクティスを通じて修正または排除できる原因要素を特定した。ベストプラクティスには、作業前のブリーフィングの新たな要件や、絶縁手袋と絶縁スリーブの使用義務化などが含まれ、それらをサポートするためにトレーニングプログラムが開発された。

 企業固有の負傷データを収集し、匿名化して分析することで、継続的な改善とベンチマーキングを可能にした。各パートナーの代表者は、再発を効果的に防止する方法を特定するため、事故や、事故になりかけた事象を分析するチームの取り組みに頻繁に参加した。

 ET&D戦略パートナーシップは、発足以来19年間で5社から12社に拡大した。数多くのベストプラクティスを特定し、何千人もの労働者や監督者に対してトレーニングプログラムを開発・提供してきた。OSHAの推計によると、業界の平均死亡率は、パートナーシップの創設以前は年間10万人当たりの死亡者数が40人を超えていたが、2018~2022年は年間4人未満に減少した。重傷率も低下し、プログラム創設前の数分の1に減った。