新しい組織モデルの4つの要素

 筆者らはこの8年間、社内イノベーションを阻む組織内の障壁と、その障壁に対する新しい組織モデルの出現に関する調査研究を行ってきた。調査の過程で、社員イノベーター150人以上に話を聞き、中堅から大手企業の戦略責任者約100人とこのテーマについて議論した。対象の企業は、金融サービス、メディア、テクノロジー、製薬、不動産、専門サービス、NGO、教育、インフラなどの業種である。ほとんどが大企業(売上高10億ドルから600億ドル)で、約20%が中堅企業(売上高1億ドルから9億ドル)である。

 また、このテーマに関する現在の第一人者約20人(コロンビア大学ビジネススクール教授のリタ G. マクグレイス、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のマイケル L. タッシュマン、作家のマーティン・リンドストロームなど)にインタビューを実施した。さらに、中間管理職約500人を対象に定量調査を実施し、専門家にハイアールの「人単合一」モデルの決定的要素についてインタビューを行った。

 この豊富なデータとインタビューを詳細に分析した結果、2つの総括的なメッセージが浮かび上がった。

 第1に、企業は徐々に中央集権的でなくなりつつある。ただし、分権化への進化は緩慢で非線形なプロセスである。

 第2に、緩やかな「人単合一」モデルを採用している企業は、起業活動、優秀な人材の獲得・維持能力、ひいては財務業績において、同業他社を上回ることを示す明確かつ統計的に有意な証拠がある。

 また、この研究によって、こうした企業の4つの明確な特徴が浮き彫りになった。そのほとんどが従来のヒエラルキーに取って代わるものである。その特徴とは、以下の通りである。

1. 社員を社内起業家のように扱う。

2. ビジネスユニットではなく、独立したMEで仕事を進める。

3. MEの「マネジメント」は、集権的にではなく、分権的市場主義によって行う。

4. どのサポートサービス(R&D、財務、ITなど)と提携するかをMEに選ばせる。。

 以下では、これら4つの特徴とメリット、そして先進的な企業がどのように取り入れているかを、いくつかの例とともに説明する。

社員を社内起業家のように扱う

 筆者らの調査によると、社員が社内起業家のような扱いを受けていると感じている企業は、起業家的強度(社員がイノベーションを行い、リスクを負う頻度と程度)が同業他社に比べて3倍近く高かった。また、業績においても競合他社を上回る可能性が高く(1.4倍)、優秀な人材の採用と維持に優れていた(1.6倍)。社員を社内起業家のように扱う方法には、積極的な行動に報酬を与え、顧客との距離を縮めるよう奨励し、アイデアやイノベーションの失敗さえも祝福するなどがある。

 社員にチャンスを追求する自由を与えない企業がどれほど損をしているかは、過去の事例を見ればわかる。たとえば、HPの社員だったスティーブ・ウォズニアックは、のちにアップル・コンピューター初号機となる設計を提案したが、5回とも却下されている。もしウォズニアックにゴーサインを出していたら、HPのいまの企業価値はどこまで上がっていただろうか。

 社内起業の文化を根づかせるために、必ずしも新製品のアイデアを常に追求しなければならないわけではない。たとえば、マクミラン・ラーニングは最近、イノベーション・コンペを開催し、この1年間に取り組んできた革新的なプロジェクトを社員に募った。200人以上の社員が46のプロジェクトをエントリーした。アイデアのほとんどが社内プロセスや組織改革に関するものだったが、同社はこのコンペを通じて、起業活動が必ずしも市場に向けたものである必要はなく、社員がすでに社内起業家として活動していることを、社内にあらためて伝えることができた。

従来の大きなビジネスユニットではなく、独立したMEで仕事を進める

 「人単合一」では、特定のビジネスチャンスや課題を軸にイノベーションを起こすことを目的に、社員5人から20人規模のマイクロエンタプライズを構成している。たとえば、GEAには14、親会社のハイアールには数千のMEがある。

 筆者らの定量調査によると、このタイプの組織モデルを採用する企業は、同業他社と比較して起業活動が盛んで(1.5倍)、財務業績が優れ(1.3倍)、優秀な人材の採用と維持に長けている(1.2倍)。たとえば、ハイアールの社員数人が、消費者に料理のワンストップソリューションを提供するというビジネスチャンスを見出し、結束してマイクロエンタプライズを立ち上げた。その結果、マイクロエンタープライズ「インターネット・オブ・フード」は、持ち主を認識するスマート調理器や冷蔵庫の設計・設置から、正確な時間指定レシピの提供、レンジフードに搭載されたスマートスクリーンを介したユーザー同士の交流まで、網羅するようになった。

MEのマネジメントは、集権的ではなく、分権的市場主義によって行う

 調査の結果は、ユニットやチームに自律性と決定権を与えることが、起業家的強度を高める強い推進力であることを裏づけている。これを実践している企業は、起業家的強度が2倍以上高い。また、優秀な人材の採用・維持においても1.5倍優れており、財務業績においてもわずかではあるが有意な優位性(1.3倍)がある。

 たとえば、オランダのヘルスケア事業者であるビュートゾルフでは、看護師の自律性を高めることによって、質の高い患者ケアを提供している。看護師数人の自己管理型チームが、職業基準に基づき、自分たちが最善と考える方法で患者に対応することが認められており、バックオフィス支援システムによって、事務処理や煩雑な手続きから解放されている。最近のKPMGの調査によると、この看護モデルの採用によって、ビュートゾルフは、ケア提供時間を半減し、同時に患者と看護師の高い満足度を達成している。

どのサポートサービスを利用するかはMEに選ばせる

 これはおそらく、このモデルの最も興味深く先鋭的な特徴である。階層型モデルでは、コストメリットを出すために、事業部は本社が提供するITや財務、R&Dといった共有のサービスを利用することが前提となっている。GEAのCEOであるノーランは、このようなサポート部門(管理部門)は「競争がないと思って、会社の『郵便局』のようになりやすい」ため、この独占状態を解体する必要があると述べている。「彼らにはある種の特権意識が生まれる。自分たちはみんなの郵便物を届けており、事業部には選択肢がないと思ってしまうからです」。そうではなく、「日々、仕事を得るために戦うべきなのです。そのためには、改善しなければならないし、一番にならなければなりません」

 サポートサービスに対するこの新しいアプローチは、実際にはどのように働くのだろうか。たとえば、あるMEがIT部門から提供されるサポートに満足していないとしよう。社内のすべての部門がMEであるため、ITエンタプライズも複数存在し、選択できる。ITマイクロエンタプライズは、社内顧客を獲得するために自律的に競い合っている。MEは、外部の第三者ITサービスプロバイダーと契約することもできる。もし、サポート部門のMEに競争力がなく、社内顧客を獲得できなければ、その予算は事実上削減またはカットされる。それは、中央の権力がそう決めたからではなく、社内の競争に負けたからである。

 筆者らの定量調査によると、この方法を採用している企業は、他の特徴を取り入れている企業に比べて少ない。それはおそらく、これをやることは、広範な組織再設計を意味するからだろう。しかし、導入した企業は、起業家的強度(2.1倍)と、採用と定着率(1.6倍)のレベルがはるかに高く、財務業績(1.3倍)においても、そこまでではないが、他社を上回っている。