組織のヒエラルキーがイノベーションを妨げていないか
Illustration by Klawe Rzeczy
サマリー:分権型組織が、従来の階層型組織に代わる競争力のあるモデルとして浮上している。分権型組織のオープンな要素によって、社内の起業活動がより高いレベルで実行でき、優秀な人材の獲得と維持を実現し、結果として優れ... もっと見るた財務業績につながっている。本稿では、ハイアールが導入した「人単合一」というモデルを例に、このような新しい組織モデルの導入方法について、実践的なアドバイスを提供する。 閉じる

いま分権型の組織が有力なのはなぜか

 米国ケンタッキー州ルイビルの駐車場を走る一台のキャンピングカー。普通なら、人目を引くことはない。しかし、今回は違った。よくあるキャンピングカーのベージュの幾何学模様が、GEアプライアンス(GEA)のコーポレートカラーとロゴで大胆に覆われている。しかも、現れた場所は公共の駐車場ではなく、全社イベントまっただなかのGEA本社の走行路だった。

 エアコン、冷蔵庫、洗濯機から電子レンジ、オーブン、ゴミ圧縮機まで、あらゆる家電製品を製造してきた120年近い歴史の中で、GEAがあえてRV(キャンピングカー)市場をターゲットにしたことは一度もなかった。同社の製品は、家庭やオフィス、商業空間において静止した状態で使用されることを目的としていた。

 それを変えようと、2人のGEA社員が旗印に掲げたのがRVだった。彼らはそこに会社の成長機会を見出したのだ。米国におけるRV保有台数は10年にわたって着実に伸びており、2人はエアコンや冷蔵庫、電子レンジなどの家電製品を製造・販売してきたGEAの実績をもってすれば、キャンピングカー市場向けのエアコンや冷蔵庫などの家電製品でも、十分勝てるはずだと考えた。そして、GEAとその親会社であるハイアールが「マイクロエンタープライズ」と呼ぶ組織を立ち上げた。マイクロエンタープライズとは、社内起業家が自分たちの情熱を傾け、ビジネスとして価値があると考えるアイデアを実行に移すことができる自律した小さな事業部門である。

 社員の立場でそうした試みができるだけの自律性を与えられていること自体、驚くべきことだ。しかし、それ以上に驚くべきは、たいていの企業で標準的な承認プロセスとして求められるビジネスケースをまとめたり、詳細な財務予測を立てたりといった骨の折れるステップが、2人には必要なかった点である。彼らは何もせず、ただ取りかかった。アイデアを試すための資金を会社から提供され、小さなところから始めたのである。

 このアプローチは、GEAをはじめ、多くの企業が採用し始めているさまざまな分権的組織モデルの一例にすぎない。現在、ほとんどの企業に見られる階層型組織と真っ向から対立するモデルである。

 本稿では、このような新しいモデルがなぜ、そしてどのように出現しているのか、特に新興テクノロジーによって、従来の企業に代わる、より競争力のあるモデルへシフトする転換点をどのように生み出したのかを探る。また、分権化の動きについて考察し、最も成功している有望なモデルの特徴を明らかにした筆者らの研究成果を紹介する。そして、時代を先取りしたいと願う企業に、そうした組織設計を導入する方法について、実践的なアドバイスを提供する。

新しい組織モデルの台頭

 この数十年、従来の階層構造の破綻について多くの議論が成されてきた。官僚制は、状況によってはまだ存在価値があるものの、今日の企業ニーズにますますそぐわなくなってきている、というのが一致した見方のようだ。

 では、何が原因でそうなったのだろうか。もちろん、テクノロジーの要素が大きい。ロボット工学、オートメーション、3Dプリンタなどによって、企業は新製品をより早く、より経済的に、より少量ずつ開発し、発売できるようになった。

 さらに、データを生成するためのIoT(モノのインターネット)、データを共有するためのブロックチェーンやAPI、データを理解するための分析やAIの利活用が広く普及したことで、企業は製品も社員のアイデアも、より迅速に、頻繁に、低いコストとリスクでテストできるようになっている。

 こうした進歩に対する関心のほとんどは、それが市場にもたらしつつある新たな可能性に向けられている。しかし、それと同じかそれ以上に大きいのが、組織内部への影響である。新しいテクノロジーは、可能になることの常識を覆し、組織や行動を進化させる。しかし、この可能性は、企業がそれを積極的に受け入れる用意がある場合にのみ実現する。

 企業はこれまでさまざまなアプローチを試してきた。たとえば、チーム内チーム(大きなチームの中に個別の小さなチームが複数ある)、オープンな組織(共通の目的を持ち、トップダウンや階層のない社員のコミュニティ)、企業内に役職や階級、さらには上司や部下などの上下関係が一切存在しない組織の形態であるホラクラシーなどだ。しかし、そのほとんどに不備があることが実証され、明確なフロントランナーは現れていない。

 しかし、筆者らの研究によれば、ある有望な組織モデルを決定づけている設計要素が明確になりつつある。それは、ハイアールが導入した「人単合一」またはその一形態である。この組織理念と仕組みには、いくつかの革新的な特徴がある。たとえば、階層制の大規模なビジネスユニットを複数の小規模ユニット「マイクロエンタプライズ」(ME)に分割すること、サポート部門(管理部門)をコストセンターではなく、事業部に売り込まなければならないプロフィットセンターにすること、社員を社内起業家(イントラプレナー)と見なすことである。

 このアプローチの4つの要素を取り入れている企業の業績は、同業他社を大きく上回っている。たとえばGEAは、CEOのケヴィン・ノーランによれば、この4年間で事業を2倍に拡大した。筆者らは、いまが大きな変化の瀬戸際にあると考えている。この新しいモデルによって、企業は、単に現状に適応するだけでなく、これまでの階層的、官僚的な視点を抜本的に変えられるのではないかと気づき始めたのだ。