マネジャーは投資判断に欠かせない「時間価値」を忘れていないか
Eric Raptosh Photography/Getty Images
サマリー:米国では15年間にわたり低金利の時代が続いた。その間、企業は「貨幣の時間価値」を考慮する必要がなかった。だが、政策金利が5%を超えたいま、金利の上昇はあらゆる経済活動に影響を与えている。マネジャーはこれ... もっと見るまでの古い思考様式を捨て去り、投資判断に欠かせない時間価値をあらためて見直すべきである。 閉じる

低金利が長く続いたことによって失われた考え

 どこかの惑星で引力がゼロになり、その状態が15年間続いたとしよう。その惑星の人々は、苦もなく辺りを飛び回れる状態だった。ところがある時、突如として引力が戻った。どこへでもやすやすと飛んでいける状態に慣れていた人々は、地上に降り立ち、重たい体を動かすことになった。ここで、歩行などの基本的なスキルをあらためて身につける必要が生じた。歩行は非常に基本的な活動に思えるかもしれないが、15年間も歩いていなかったので、体が歩き方を忘れてしまっていたのだ。

 このストーリーは、この15年間限りなくゼロに近かった米国の金利が、突然5%台まで上昇した経済環境とよく似ている。15年というのは、ビジネスキャリアにおいてかなり長い年数だ。そのため、この新しい金利環境に適応するため、マネジャーも投資家も、その行動と思考様式を大きく転換しなくてはならない。

 年長世代のマネジャーは、投資において最低限必要な利回りである「ハードルレート」や、将来生み出すキャッシュフローを現在価値に換算する「ディスカウントキャッシュフロー」(DCF)など、かつて自然に身についていた考えを思い出し、その感覚を取り戻さなくてはならない。そして、2008年以降に就職した若い世代は、ゼロからこの直感的な感覚を育む必要がある。

 若い世代は、ある単純な事実を知ると、驚くかもしれない。それは、短期金利はゼロ近くではないほうが普通だということだ。2008年、世界金融危機に対処するために、米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、短期金利の誘導目標であるフェデラル・ファンド(FF)金利を劇的に引き下げて景気浮揚を目指した。いわゆる「ゼロ金利政策」(ZIPR)を採用したのである。

 米国経済はやがて、2008年の大不況から回復したが、FRBは長期にわたり金利を低く抑え続けた。その後、一時的に金利の引き上げに動いたものの、新型コロナウイルス感染症の世界的流行が深刻化すると、再びゼロ金利政策に回帰した。その結果として、米国の短期金利は、2008年から2016年にかけてゼロに近い水準にとどまり続け、2020年と2021年のかなりの期間もゼロ近くに張りついていた。この15年間、短期金利が2%を上回ったのは、2018年と2019年の短い期間だけだった。

 しかし、2023年の現在、ゼロ金利政策は採用されていない。誘導目標のFF金利は、本稿執筆時点で5.25%を上回っている。5年物、10年物、30年物の米国債の利回りも5%近い。これは、久しく見られなかった高水準だ。

 金利がゼロ近くに抑えられていたこと、その状態が非常に長い期間にわたり継続したこと、そして、その状態からの金利上昇が極めて速いペースで進んでいること──いずれの点においても、現在の経済は極めて異例な状況といえる。しかし、「異例」という言葉が近年あまりにもよく使われるため、マネジャーはこのような指摘を軽く受け流し、我々が直面している特殊な状況に気づいていない傾向がある。

 そのようなマネジャーの姿勢は好ましくない。近年の金利環境の変化は、地殻変動と言っても過言でないほど大きなものだ。複数年にわたるキャッシュフローを考慮する必要がある経営判断のすべてに、その影響が及ぶ。有力投資家のウォーレン・バフェットは「金利が資産価格に及ぼす影響は(中略)引力がリンゴに及ぼす影響と同じ」だと述べている。「金利は、経済という宇宙におけるすべての活動の原動力である」

 このため、投資案件の意思決定をする際に、「貨幣の時間価値」や資本コストを日頃から考えていないマネジャーは、誤った認識のまま、極めて危険な判断をしかねない。

 この点を理解したければ、一つの思考実験を行ってみればよい。この実験は、筆者が戦略コンサルティング会社で働いていた時に初めて知ったものだ。コンサルティング会社はしばしば、この種の問いを採用面接で投げかけ、採用候補者たちがどのように考えるかを知ろうとする。

 では、次のシナリオを考えてみてほしい。

・あなたは、向こう5年間、平日に毎日、地下鉄で通勤することになる。
・地下鉄に乗るためには、チケットが必要だ。
・チケットの値段は現在、往復で1ドルである。
・明日からその値段が1.20ドルに上がる。その後5年間は、値上がりしない。
・値上がりする前に、現在の価格1ドルでいくらでもチケットを買うことができる。
・ただし、チケットは購入者であるあなたしか使うことができない。転売は不可。

 さて、あなたは、価格が1.20ドルに引き上げられる前に、1ドルでどれだけチケットを買うだろうか。