たいていの人は、極めて直感的であると思われるアプローチを選択する。つまり、いま買えるだけチケットを買おうと考えるのだ。できれば、今後5年間の通勤で必要になる分をすべて買ってしまいたい、と。この選択は、リスクなしにリターンをもたらすように見える。1年間に250日出勤すると仮定して、5年間で1250枚のチケットが必要になるとわかっていて、しかも明日以降、チケットが20%値上がりすることが決まっているとすれば、いますぐに1250枚買って、250ドル節約するのが賢明に見える。

 さらに緻密に計算しようとする人もいるだろう。たとえば、「休暇や病欠も考慮に入れたほうがよいのではないか。それに、パンデミックをきっかけに導入された『金曜日は在宅勤務』という方針も無視できない。1年間に250日も出勤するという想定は多すぎはしないか。出勤日数はもっと少ないのではないか」という具合だ。

 このような思考をする人たちが計算を間違えることはないかもしれない。しかし、そもそも、どのような計算をするかという判断が間違っている。最初に問うべきなのは、「今日、チケットを買うために使えるお金でほかに何ができるのか」である。

 コンサルティング会社の採用面接で、この点に気づいて質問した候補者には、以下の3点が伝えられる。(1)そのお金は、年利10%で銀行に預けることができる。(2)投資の選択肢はこの一つしかない。(3)税金、取引コスト、銀行の経営破綻、インフレなどは考慮に入れないものとする。

 さて、この条件で銀行に1ドル預けると、どうなるか。口座の残高は、1年後には1.10ドルになっている。2年後には、1.21ドルになる。これは、値上げ後のチケットの価格より少しだけ高い。

 このように、「貨幣の時間価値」を考慮に入れて思考すると、最初の問いに対する答えが変わる。2年分のチケットを購入するのが正解だということになるのだ。いまそれより多くのチケットを買うよりも、そのお金を銀行に預けたほうが得だ。もし将来チケットを買う必要が出てくれば、そのつど、預金を引き出して使えばよい。長い目で見れば、このやり方のほうが、いますべてのチケットを買うよりもリターンが大きい。これはすべて、貨幣の時間価値がもたらす結果だ。

 この極めてシンプルな考え方は、「正味現在価値」(NPV)やDCFなど、ファイナンスにおける重要概念の土台を成すものだ。ところが、プロジェクトファイナンスや資産評価モデルなどのために、入り組んだスプレッドシートを作成してNPVやDCFを正確に計算できる人たちも、この地下鉄チケットの問題でしばしば判断を誤る。割引率を計算する方法は知っていても、日々の生活でその考えを活かす方法を直感的に理解できていない。これは、2008年以降、つまりゼロ金利政策の時代にプロフェッショナルな世界に入った若い世代に特によく見られる傾向だ。

 そのような世代を非難するつもりはない。銀行の預金金利がゼロに等しい状況しか経験していない人たちが貨幣の時間価値について実践的な感覚を持つことは容易でない。金利がゼロの場合は、時間価値が存在しないからだ。

 そうした世界では、(異論はあるかもしれないが)いま買えるだけのチケットを買ってしまうことが理にかなうだろう。同様に、すべてのプロジェクトにいま資金を投じ、すべてのスタートアップ企業をいま買収し、すべての採用候補者をいま採用し、すべての不動産をいま購入することが得策だということになる。

 しかし、金利はもはやゼロではなくなった。再びウォーレン・バフェットの言葉を借りれば、「あらゆる企業の(中略)そしてあらゆる経済的資産の価値は、金利に100%影響を受ける」のだ。

 したがって、複数年にわたるキャッシュフローが絡む戦略上・財務上の意思決定はすべて、資本コストに関する新しい現実的な前提に照らして、検討し直す必要がある。資本コストはこれまでに比べて大幅に上昇しているため、企業は数年後の成長を実現するために投資するよりも、ただちに収益やキャッシュフロー、資本効率を高めるほうが、大きな価値を生み出す可能性が高い

 このように計算をやり直すことは、不可欠な第一歩だ。そして、それと同じくらい重要なのが、この15年間で育まれたマネジメント思考を見直すことかもしれない。金利がゼロ近くにあったことが後押しになって、「ムーンショット型」の思考が大流行した。これにより、実現可能性は乏しいものの、成功すれば途方もなく大きな成果を生み出せるプロジェクトにのめり込む風潮が広がった。しかし、この先に待ち構える課題に取り組むためには、より旧来型の「価値重視型」の思考に立ち戻ったほうがよさそうだ。

 ゼロ金利政策の時代は終わった。金利の引力が復活したことで、苦もなく空を飛べる状況に慣れ切っていた人たちは、地上の生活に早く適応しなければならなくなったのだ。


"Managers Need to Relearn How Interest Rates Work," HBR.org, October 05, 2023.