Whyの「説明」「納得」がなければ、人は動かない

 第1に、経営理論はビジネスのwhy(なぜそうなるのか)に、一つの切り口から明快な説明を与えるからだ。結果、理論は人を説得・納得させうる。whyに納得しなければ、人は動かない。

 現実のビジネスは非常に複雑だ。色々な要素が絡み合い、色々な人が関わっている。一つのビジネス課題は時に複雑すぎて、「正解」などないかもしれない。しかし厄介なのは、この複雑で不確実で、正解がないかもしれない世界で、ビジネスパーソンの皆さんは「意思決定」をして前進しなければならないことだ。

 意思決定は、M&Aや投資判断などの大きなものだけではない。部下との付き合い方、人脈の広げ方、他部署との交流の仕方、顧客とのコミュニケーション、新企画を進めるか、そして会社を辞めるか辞めないかに至るまで、我々は常に意思決定をしている。「正解のない中で意思決定をして前進する」のが、これからのビジネスパーソンにとって最大の課題であり、したがってより良い意思決定をするためには、人は永久に考え続けなければならない。

理論とは複雑な事象をある角度から切り取る、鋭利なナイフ

 そしてその際に経営理論は、ビジネスパーソンの考えを深め、広げるための「思考の軸」となりうる。なぜなら理論とは、複雑なビジネスや組織のメカニズムに、正解というわけではないが、ある特定の人間の行動を前提にして「なぜそうなるのか(why)」という、一つの「切り口」、すなわち説明を与えてくれるからだ。理論とは、複雑な事象をある角度から切り取る、鋭利なナイフなのだ。

 結果、経営理論の切り口があれば、複雑なビジネス課題を一つの角度から鋭く説明することができ、whyに応えることができる。繰り返しだが、それは課題・事象をある角度から切ったものだから、事象全体の正解そのものではない。しかし、切り口がなければ思考は深まらない。経営理論という切り口があれば、それを軸にして自身の思考を深め、広げ、あるいは他者と同じ軸を使うことで議論を深く共有することができる(※5)

 そして経営理論によって説明が与えられ、人が納得・腹落ちすれば、それは人の「行動」を促す。人は腹落ちしなければ、行動しない。

経営理論は机上のためだけでなく、行動のためにある

 現代は、新しいビジネス課題が次々に出てくる時代だ。「ダイバーシティ」「ガバナンス改革」「SDGs」「イノベーション」などは、その筆頭だ。

 一方、これらの課題に対して、「なぜそれに取り組む必要があるのか」が腹落ちしないままになっているビジネスパーソンや企業は多い。「世間の風潮だから」「他社がやっているから」と言われても、人は納得しない。経営者の中には、ご自身が進めたい会社の戦略が部下になかなか理解されない経験をお持ちの方も多いだろう。それは、自身の深い考えが経験知から来るものなので、十分に言語化されていないからだ。

 しかし、そこに経営理論があれば、それは「その課題をなぜ進めなければならないのか」「なぜこの方針が重要なのか」のwhyに、一つの切れ味の良い説明を与える。結果として、周囲に説明がしやすくなり、彼ら・彼女らを納得・腹落ちさせ、行動につき動かせるのだ。経営理論は、もはや机上のためだけにあるのではない。むしろ行動のためにあるのだ。

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【著作紹介】

『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)

世界の経営学では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために、「経営理論」が発展してきた。
その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでも言うべきものが、約30ある。まさに世界の最高レベルの経営学者の、英知の結集である。これは、その標準理論を解放し、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめた史上初の書籍である。
本書は、大学生・(社会人)大学院生などには、初めて完全に体系化された「経営理論の教科書」となり、研究者には自身の専門以外の知見を得る「ガイドブック」となり、そしてビジネスパーソンには、ご自身の思考を深め、解放させる「軸」となるだろう。正解のない時代にこそ必要な「思考の軸」を、本書で得てほしい。

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※5 筆者はこれまで多くの講演で、例えば企業イノベーションを促すための思考の軸となる経営理論(例えば『世界標準の経営理論』第12章・第13章で解説する「知の探索・知の深化の理論」)について話してきた。そして講演が終わると多くの方から、「スッキリしました!」という反応をよくいただく。これはイノベーション不足に悩む日本企業の方々が、「なぜ当社は新しいことができないのか」の本質的なメカニズムについて説明を聞くことで、納得・腹落ちするからだろう。そこで腹落ちすれば、次に自社で取るべきステップを具体化できるはずだ。