思考の多様性と包摂性を推進する

 善良なテック企業の優れた運営者であるためには、テクノロジーのことだけ考えていればよいわけではない。

 企業は、世界で途方もなく大きな影響力を振るっている。だからこそ、あらゆる企業は──とりわけ私たちの日常生活に溶け込むテクノロジーを生み出している企業は──人間としての良識を支える責任がある。

 筆者がキャリアを築いた会社は、何十年も前からこの点を認識した企業文化を育んできた。1940年代、IBMのCEOだったトーマス・ワトソン・ジュニアは、当時の米国社会で公認されていた人種分離に従わないと明確に表明した。「人種や肌の色、信条に関係なく、その職務を担うために必要な人格や才能、経歴を持つ人物を採用することこそ、我が社の方針である」と、公式な声明として記したのである。これは、米国の歴史ではじめて、企業が雇用均等を約束した文書といえるかもしれない。

 善良なテック企業を運営するためには、包摂性を推し進める必要がある。この点は、道徳上の必須課題であると同時に、ビジネス上の必須課題でもある。なぜなら、働く人たちの思考と経験の多様性は、製品の質を向上させ、企業の競争力を高めるからだ。

 テクノロジー製品にバイアスがかかっていると、甚大な悪影響が生じる場合があるため、これはテック企業にとって、とりわけ重要な意味を持つ。たとえば、研究によると、AIを開発するエンジニアの属性は、AIが示す予測の内容に影響を及ぼすという。そうしたことを避けるためには、イノベーション担当チームに、さまざまな人種や年齢、性別の人たちを加え、多様な視点を取り入れればよい。そのためには、従来とは異なる経歴の持ち主を採用することが不可欠だ。この点は、善良なテック企業を築くための3つ目の行動につながっていく。

社会の準備を整える

 企業は雇用主として、社会がデジタル時代に成功する手助けをする責任がある。その方法の一つは、言うまでもなく、より給料の高い職をつくり出し、より多くの人がそのような職に就けるようにすることだ。

 デジタル経済に適したスキルを持っていない人たちは、職に就くことができず、将来への不安を抱き、資本主義への不信感を募らせていくだろう。多くの企業はすでに、この問題に取り組んでいる。4年制大学以外で業務に必要なスキルを獲得できる職種に関しては、大学卒の資格を持たない人たちを採用し始めているのだ。

 賢明な企業が気づいているように、大学卒の資格を持っていても即戦力にならない職も多い。すべての採用候補者に学位取得を採用条件として課せば、莫大な数の人たちにとって、職に就くことを妨げる障壁となる。

 IBMは、10年ほど前にこの点を理解し、同社がニューヨークのブルックリンに共同で設立したユニークな高校からの人材採用を始めた。その高校は「P-TECH」(正式名称はPathways in Technology Early College High School)と呼ばれている。

 P-TECHは世界に200校以上設立されている。当時もいまも、ここでは高校卒の資格とコミュニティカレッジの准学士の学位を組み合わせた6年間のプログラムを通じて、テクノロジースキルを持った人材を輩出している。P-TECH出身者を採用することにより、IBMは、サイバーセキュリティ領域など、それまで適切な人材を確保できずにいた職種のポストを埋めることが可能になった。

 デルタ航空、シスコシステムズ、クリーブランド・クリニックなどの雇用主は、P-TECHやブートキャンプ、資格取得プログラムなど、非従来型の人材供給源に目を向け、一部の職種に関して4年制の学位取得を採用条件から除外した。これにより、以前であれば家族の生活を支えられるような職に就けなかった可能性のある人々を採用し、空きポストを埋められるようになった。

 このように、人材採用で学位よりもスキルを重視するアプローチ、言うなれば「スキルファースト」の考え方を実践することにより、私たちの社会の未来をごく一握りの人だけでなく、より多くの人たちのものにできる。これも、善良なテック企業のあり方の一つだ。

 善良なテック企業であろうとする企業は、テクノロジーの長所と短所の両方をよく理解し、AIをはじめとするテクノロジーの創造と活用がすべてのステークホルダーに長期的・短期的にどのような影響を及ぼすかを考慮しなくてはならない。こうしたことを実践するためには、勇気と信念、そして共感が不可欠だ。人類がこの3つの特性を活かせれば、テクノロジーが社会に好ましい影響を及ぼし、より大きな善が実現されるようになるだろう。


"How Leaders Can Be Stewards of 'Good Tech'," HBR.org, November 29, 2023.